小説

『暇』佐藤(『桃太郎』)

「ドア開けろぶち殺すぞ」
「勝手にチョコ⾷べてごめんって」
トントントントン。
ああ、死ぬのかなあ。
トントントントン。
母がキャベツを千切りする音に似てる。
トントントントン。
⽣きて母のキャベツの味噌汁飲みてえ、と鬼は思った。

 

 ナゲットがまずい。
 インドのコルカタで飛行機が故障。1日遅れで経由地の中国の昆明に着いた。そこでチケットトラブルだ。さらにそこから1日遅れて北京に着く。そこではチケットの予約がないと言われる。
 もうわからん。疲れた。空港のマックでナゲットを食べている。目の前の家族が幸せそうだ。
 予定通りなら今頃は日本でうまい飯を楽しんでるはずだった。空港のトイレで我慢できずタバコを吸う。
 お金もない。新しくチケットも変わらない。英語も伝わらない。中国語もできない。状況も理解してもらえない。
 相変わらずナゲットがまずい。冷めて、なおまずい。
 帰りたい。桃太郎は思った。

 

 桃太郎、犬、キジ、猿、鬼は出会えていない。生きる目標もない。まだ誰も何者でもない。でも自分はなにか特別な存在なんじゃない?と信じている。

1 2 3