その可笑しな手紙に気付いたのは、いつもの喫茶店で、うたた寝から目覚めた後だった。眠る前は夕方だったはずなのに、外は昼間のように明るかった。
枕代わりにしていた腕の下に、その手紙は挟まっていた。
宛名も差出人も、何一つ書かれていない青い封筒を開け、ワープロで書かれたその手紙に、俺は目を通した。
かねた一郎様
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
ちょつと頼みたこと、ありますて、
目が冷めたらおいでんなさい。
向かいの女拝
なぜかミスタイプばかりの文章の下には、手書きの地図が描かれていた。この喫茶店がスタートで、ゴールは名前も書かれていない公園だ。その道程には、三箇所曲り角があるだけで、目印はまったく描かれていない。
だが、そんなことは俺にはどうでもよかった。
『向かいの女』というのは、『あおい』に違いない。『あおい』が俺に手紙をくれたのだ。あの『あおい』が。
俺は、言いようもない嬉しさを抱えながら、まだ三分の一しか飲めていないアイスコーヒーを諦め、喫茶店を後にした。
『あおい』というのは、この喫茶店の向かいにあるカフェの女客だ。俺が勝手に『あおい』と呼んでいるだけで、実際の名前はわからない。
『あおい』を見つけたのは、今から一年前、大学三年の春のことだった。
当時俺は、バイト先のアイスクリーム屋で知り合った四つ年上の彼女の部屋に入り浸っていた。同棲と言ってもいいような生活だった。しかし、三ヶ月ほど経ったある日、彼女は「忘れ物をした」と言って出て行ったきり、帰ってこなくなった。仕事も辞めていた。
彼女がいない店で働き続けることに意味などなかったから、俺も後を追うようにバイトを辞めた。