まだ近くに、彼女がいるんじゃないかと思っていた。どこかで、俺が探しにくるのを待っているんじゃないかと思っていた。友人たちはそんな俺の話を聞くと、困ったように笑ったり、新しい女を紹介してきたりした。俺は、他の女には見向きもしなかったし、彼女が戻って来ることを固く信じていた。
日がな一日、家の近くを歩き、彼女の姿を探した。しかし、一ヶ月経っても二ヶ月経っても、彼女は見つからなかった。
半年ほど経って、さすがに歩き疲れた俺は、この喫茶店に辿り着いた。薄汚いチェーン店だったが、休めればそれでよかった。足が悲鳴をあげていた。
店の二階に行くと、通りに面してガラス張りのカウンター席があり、そこから目の前の通りがよく見渡せた。彼女を探すには、絶好の場所だと思った。
俺はそれから毎日、この喫茶店の二階に来て、下の通りを窓から注意深く眺めるようになった。
しかしいつの間にか、俺の視線は目の前の通りではなく、喫茶店の対面にある、個人経営らしいカフェへと移っていた。そのカフェも、二階にガラス張りのカウンター席があり、喫茶店の二階席とちょうど向かい合っていた。
三日ほど経った頃、俺は、そのカフェの二階席に、自分とさして歳の変わらない女の客がいることに気付いた。
大きな耳、小ぶりな鼻、黒目がちな瞳、ホクロの多い色白の肌。肩くらいの長さの、少し癖のある黒い髪。
女はどことなく、彼女に似ていた。
女は毎日決まって、午前十一時にそのカフェにやって来た。頼むものは飲み物だけ。パソコンで何やら文字を打っては考え、打っては考えている。
そして女はなぜか、いつも青い服を着ていた。その色の服しか持っていないのではないかと思われるほど、毎日青い服だった。
俺は女を、『あおい』と呼ぶようになった。
しかし、俺が『あおい』に夢中になったのは、彼女に似ているということだけではない。
『あおい』は、毎日十五時頃になると決まって、眠そうにウトウトし始める。『あおい』が耐えきれず瞼を閉じたその瞬間、『あおい』の頭頂部に、猫のような耳がポンッと現れるのだ。付け耳には見えなかった。本物の猫の耳のように、時折ピンと立ったり、ヘナッと折れたりする。そして『あおい』がハッと目を覚ますと、幻のように猫耳が消える。