誰かの声がして目を開けた。
ながい廊下には僕以外、誰もいない。
「入ってもいいぞ」
声はそう言ったのだった。
入ってもいい、ということはドアを開けて中に入れという意味だろうか。たがいったいどのドアを開ければいいのか。廊下の両側にはドアが無数に並んでいるのだ。
声を探すべく、僕は歩きだした。
その日、僕は朝から調子が悪かった。胸のなかがざわざわしている。
―なにか悪いものでも食べたかな。
昨日のメニューをひとつひとつ思い浮かべてみたが、これと言って心当たりはない。それに食あたりというのともちょっと違うようだ。胸の中で米粒くらいの小さな人たちがえんえんと行軍しているような感じで、その人たちは疲れているのか、一様に足を引きずって歩いている。
―まいったな。
目覚ましが鳴りだすまではまだ一時間ちかくあったが、それ以上横になっていられずにベッドから下りた。つめたい水を飲んでみても、ざわざわはおさまらない。しかたなく朝食をとるのはやめて、いつもより早めに家を出ることにした。ざわざわのせいで二度も電車を降り、会社に着いたときには始業時間を五分過ぎていた。
課長がデスクから僕を睨みつけて、
「遅いぞ」
と言った。
「ちょっと具合が悪くなりまして電車を降りたので・・・」
「気がゆるんでいるんじゃないのか」
「すみません」
ここのところ毎日残業続き。疲れているはずなのに、ベッドに横たわると目が冴えてしまう。朝になってようやくうとうとしたと思うと、目覚ましが鳴り始めると言った具合。
しばらくはざわざわと戦いながら仕事を続けたが、我慢しすぎたせいかやがてめまいがしてきた。昼休みを待たず、ついに僕は机につっぷしてしまった。