小説

『日向の蛙』枕千草(『カエルの王さま』)

 地下鉄から東京駅へ歩いていく途中で弟に会った。
 全員が本当に何か目的を持って歩いているのかと疑いたくなる程にたくさんの人が行き交う中で、何故それが弟と気づいたかと言うと、彼がすれ違い様に私に声をかけてきたからだ。
 そうでなければ、カラフルなストライプのバッグを持って、ど派手なピンクのふちのサングラス(しかもレンズの隅には散りばめられたラメが光っている)をかけていた彼に私は絶対気づきはしなかっただろう。唇と頬は薄いピンクに染められて、サングラス越しでも艶やかに上を向く睫毛が妙な迫力を感じさせた。肩まで伸びた髪は金髪に近い。相変わらず背が高くてがたいはいいが、痩せて身体は細くなっていた。スレンダーでセクシー、そんな言葉がピッタリに思える姿だ。
 八年ぶりに見た弟は、きれいなお姉さんになっていた。

 新幹線の改札前に郁人がいた。
 出入りする人の流れから一歩退いたところに立っている姿に近づいて肩を叩くと、彼はスマホから顔を上げてイヤホンを外した。
「アキちゃん。早かったね」
「今、和樹に会った」
 開口一番にそう告げると郁人は少しだけ考えるような顔をしてから、ああと呟いた。
「アキちゃんの弟くんか。俺会ったことないよね」
「うん。ない」
「だよね。あーそれなら会いたかったな」
 私は少し周りの様子を確認してから、大袈裟に悔しがる振りをする郁人の耳に囁いた。
「女の子になってた」
 郁人の顔が急に真顔になる。私が冗談を言う性格ではないことを知っているのだ。
「完全に女の子だった」
「マジで」
「マジで。久しぶりに会ったら大変身してるからびっくりしたよ」
 そこまで言うと郁人は今度は本当に悔しそうな顔をした。
「なおさら会いたかったわ」
「なんで」
「だって、いろいろ話してみたいじゃない」
 郁人はイヤホンのコードを手早く巻き取ってポケットに入れた。おもしろがっているというよりは、単純に私の弟に興味があるという口調だった。
 

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