小説

『竜神と機織り姫』わがねいこ(『草枕、竜王権現の滝、機織の滝、二本杉』(静岡県浜松市天竜区佐久間町))

 そこは勢いよく流れる水から出る音と風が体を包み込む、というよりは何かに巻き込まれるような荘厳で畏れ多い空気が流れる場所であった。
「こりゃ本当に竜でも住んでそうだな。」
トオルは古いカメラを手に取り、その風景を収めようとした。しかし、ファインダー越しの景色は随分チンケなものに思えてカメラを鞄にしまった。

「私が住んでいたところは山奥で沢山の伝説があるの。竜や美女の霊が出る滝とか、歴史上の偉い人が来たとか。」
5年前に合コンで会った女が話していた。当時は女の連絡先も話も聞き流していたが、急に思い出し、覚えている限りの情報を検索してここに辿り着いた。竜神の滝のすぐ側には機織り姫の滝がある。こちらもインターネットで検索済みだ。トオルは滝に一礼すると、もう一つの滝に向かった。

「こりゃ長すぎて下まで見えないじゃないか。」
一目見た瞬間からトオルは滝に心を絡め取られた。か弱いようでとても強かな妖艶さのある滝に魅了されたトオルは興奮気味に山道を下ったが、足を滑らせて川縁へと転落した。怪我は無く立ち上がった瞬間、淵には白く細く、そして美しく光るものが見えた。
「あら、大丈夫?よくこんな所に来たわね。」
その物体は女だった。女は水面に浮かびながら、ニカッと笑って見せた。
「知ってる?ここは恋人に捨てられた女が身投げした伝説のある場所なのよ。」
美女の霊が本当に出た!トオルは叫び声を上げながら、夢中で山道を駆け上った。滝から離れて一服すると、恐ろしいはずなのに、何故かトオルの頭の中には昔見たオフィーリアの絵画が美しく浮かんでいた。

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