小説

『竜神と機織り姫』わがねいこ(『草枕、竜王権現の滝、機織の滝、二本杉』(静岡県浜松市天竜区佐久間町))

トオルはその場にしゃがみ込んだ。トオルは小さな会社を経営していた。信頼している仲間もいた。しかし、今は全て失い、残ったのは返す当てのない借金だけだった。ここへ来たのは、トオルにとっての最後の旅だった。しかし、トオルの目の前には、思わぬ先客がいた。水面に浮かぶ彼女の姿を見て、心をすっかり奪われて、トオルは全てを終わらせる決意が揺らいだ。
「有金全部置いてきたしな。でも、ナミエさんの好きな場所を汚すようなことは出来ないし。もう、どうしたらいいかわかんねえよ。」
酒で真っ赤になった顔を水面に近づけた途端、トオルは何かに引き摺り込まれた。
トオルの体は太い紐で縛られたように、強い力で水の中を引っ張り回された。意識がなくなる寸前、眩いばかりの黄金が見えた。
「…セヨ、カナラズカエセヨ」
何か太く湿った声が聞こえ、トオルは目を覚ました。トオルは水辺に寝転がっており、自分がまだ生きていることを自覚した。酒に酔って、幻覚でも見たのかと思いきや、トオルの手にはずっしりと湿った布袋が握られていた。袋の中を確認すると、大量の金が詰まっていた。
「埋蔵金、こんな所に隠してたのか!」

 ナミエは一人、機織り姫の滝の前にいた。
「どうして私、好きになった人にはいつも置いていかれちゃうのかな。」
ナミエはトオルが目の前に転がり落ちて来た時から、ずっとその姿が頭から離れなかった。心をがっちり掴まれたのに、もういなくなってしまった。ナミエはフラフラと滝の方へ近づいていった。
「…さ〜ん、ナミエさ〜ん!」
ナミエは聞き覚えのある声がする方を見た。そして、ニカっと笑った。

1 2 3 4 5 6 7