やってやった、やってやった、やってやった。
ついに誘拐してやった。
どうだ見ろほら俺にだってデカい事ができるんだ。
男は犯罪組織に所属していた。
末端も末端、下っ端、ザコ、顔も知らぬ上の人間から命令され老人を騙し盗みを働きリスクに見合わぬ小銭を得る日々をおくる、そんな男であった。
男は、自分の人生を変えたかった。
だがそれは、まともになるという意味ではない。
自首をして、被害者に頭を下げ、罪を償う。そんなまともな人間に今更なれるなどと男は思わなかったし、望んでさえいない。男はクズであった。道を踏み外すきっかけとなる不幸な生い立ちなどもなく、ただただ純粋に、クズとしての道を進んできた、そんな男であった。
そんなクズが思うのは大金を稼ぎたいという事であった。
この間あそこの婆さんから孫の同僚のフリをして受け取ってきた札束、あの一割だって俺の懐には入らない、リスク抱えて働いてるのは俺だってのに理不尽じゃあないか。そもそも組織の下っ端として動くから金が組織に取られていく訳なんだよな。じゃあ俺がひとりで勝手に動けば良いんじゃないか? そうだよ。俺は命令されてばかりのザコじゃない。ひとりでもデカい事ができるんだ。大金を手にする事ができるんだ。俺だって。ひとりでも。
でも誰かに手伝わせるくらいはいいんじゃないかな。
いや別に、俺ひとりでも何だってできるんだけどさ、ほら、雑用させる奴でもいたら便利だよな。
そこで男が声をかけたのが、猿吉と呼ばれている老人である。猿と似ている顔から猿吉というあだ名で呼ばれ、本名は誰も知らない……いや、知っている者もいるのかもしれないが、少なくとも男は知らない。男と同じ組織に所属していて、男と同じく下っ端として活動している老人だ。猿吉にはそれなりに不幸な生い立ちがあり、苦しみがあり、悩みがあったが、まあどんな理由があれ、彼もまたひとりの犯罪者であった。犯罪行為に躊躇いを覚えるような人間ではない。ないが。
「そりゃあ駄目だ。誘拐は、あんた、駄目だ」
というのが、男が犯罪計画を打ち明けた時の、猿吉の返答であった。
「なんでだよ。猿吉さんは運転手だけやってくれればいいんだよ。後は見張りとか。いいだろ、稼げるぜ? なんせあの白羽家だ」
男が狙っていたのは、白羽という家の一人娘だった。まだ小学生で、家族からすればきっと可愛い盛りだろう。広い土地に建つクソ立派な日本家屋、自慢げに鯉を泳がせている池、いかにも金持ちって感じの家なんだから大事な娘を誘拐してやれば身代金だってがっぽり稼げる筈だ。……という説明をしたが、すっぱり断られてしまう。
「だからだよ。白羽の屋敷がある辺りは、…………に守られとる」