小説

『大きなつづら、小さなつづら』小山ラム子(『舌切り雀』)

「波多くんってさ、小さなつづらみたいだよね」
「え?」
 おそらくキョトン、としているだろう僕を見て、里中さんは「忘れて!」なんて言って、再び机に向かった。
 それは、普段の彼女には似つかわしくない態度で。だけど、だからこそ特別なようにも思えて。
 グラウンドでの運動部の掛け声だとか、どこからか聞こえてくる吹奏楽部の楽器の音だとか、そんな放課後の喧噪の中で。
 図書室の中でも奥まったこのスペースは、僕と里中さんの二人だけの世界だった。

「あ」
 思わず声を上げてから、しまったと口を閉じたけれど、目の前にいる女子の集中は途切れていなかった。
 二年生に進級してからのクラス替えで同じクラスになった里中さん。切りそろえられた前髪に、くりっとした大きな瞳をしている、まだ中学生、といっても通じそうな小柄な子だ。教室では、グループの中心でいつも周りを笑わせているイメージだったので、こうやって静かに机に向かっている姿は新鮮だった。
 窓からの光を受けて、彼女の髪が透けて輝く。黒色だと思っていたけれど、こげ茶色くらいなのかもしれない。
「わっ! びっくりした!」
 しばらく見つめていたせいか、去る前に里中さんは僕に気が付いてしまった。
「波多くん? どしたの?」
 里中さんは僕が手に持つ本を見て、「あ、もしかしてここ指定席?」と続けた。
「あ、うん。でもいいんだ。部室で読むから」
「ありゃ。なんかごめんね。この場所いいもんね。棚に囲まれてて集中できるし」
「うん。里中さんは勉強でもしてたの?」
「いや、演劇の台本書いてた」
「え!」
「え?」
 里中さんの驚いた顔をみて、そういえばここが図書室だったことを思い出して声を落とす。
「ごめん、声おおきかったね」
「あ、ううん。というよりもそんな反応されるとは思わなくて」
 里中さんが座っている机の上には『台本の書き方』といった指南書だったり、メモ書きをした紙が散らばっていた。
「どんな話書いてるの?」
「いや、それがまだ全然決まってなくて……波多くんってこういうの興味あるの?」
「うん。僕、文芸部だし。小説書いたりもするんだ。脚本や台本はまだ書いたことないんだけどね」
「ということは、話作るの得意ってこと?」
「いや、得意というか好きなだけだけど」
「お願い! 協力して!」

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