小説

『大きなつづら、小さなつづら』小山ラム子(『舌切り雀』)

 里中さんが勢いよく立ち上がって、その拍子に太ももを机にぶつける。ガンッと痛そうな音がして、里中さんは「あうっ」と言ってその場にうずくまった。
「大丈夫⁉」
 駆け寄って、里中さんの隣へと腰をおろす。顔を上げた里中さんの潤んだ瞳とばっちり目が合ってしまい、あわてて側を離れた。
「ごめん、大丈夫。で、これなんだけど……」
「ああ、うん。手伝って、っていうのは……」
「これね。幼稚園でやる演劇会の台本なの。部活の歓迎会とかでやる余興の寸劇が面白かったらしくてお願いされて引き受けたんだけど……身内でやる演劇と、知らない人達に向ける演劇って全然勝手がちがって。うまく書けなくてずっと悩んでて」
「あ、えっと、ちょっと待って里中さん。一旦整理していい?」
 なんとなくの内容は分かるけれど、いまいち要領を得ない。
「その幼稚園の演劇会っていうのは……」
「あ、そうだね、ごめん。これお願いしてきたのって去年卒業した先輩なんだ。その先輩が大学でボランティア同好会つくったみたいで。近くの幼稚園に別のボランティアでいったときに、『おねえさん達も参加してくれたら子ども達も喜ぶな』って言われたんだって。で、台本探したけどあんまりぴんとくるものがなかったらしくて。それで、部活の余興で色々と書いてたわたしのこと思い出して頼ってくれたの」
「ああ、なるほど。じゃあ気持ちとしては、里中さんは書いてあげたいんだよね」
「うん。お世話になった先輩だし、頼られたことは素直にうれしいし。でも、そう考えたら全然進まなくて。とりあえずの提出が一週間後なのに……」
「ちなみに今の進捗状況は?」
「ほぼ白紙です……」
「どの程度の量が必要なの?」
「えっと、時間としては十五分程度」
「なんだ。じゃあすぐに書けるよ」
 椅子をひいて座ると、里中さんも座っていた席に腰をおろした。
「何人が参加するの?」
「えっと、確実なのは四人だって。それでね、子ども達がすぐに話に入れるように、おとぎ話をモチーフにするのは決まってて。日本昔話、みたいな」
「桃太郎とか、かちかち山とか、そういうのだよね」
「そうそう」
「じゃあモチーフにするおとぎ話から決めちゃうか。話の決めやすさからすると……」
「あの、波多くん」
「ん?」
「お願いしておいてあれなんだけど、いいの?」
「うん。台本はいつか書いてみたいと思ってたし」

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