小説

『大きなつづら、小さなつづら』小山ラム子(『舌切り雀』)

 そう言った僕に、里中さんは「そっか」とつぶやくように言ってから、「でも、ありがとうね」と微笑んだ。

 一週間後。僕と里中さんは無事に十五分程度の台本を完成させた。幼稚園児達が見るのなら明るい真っ直ぐな話がいいということで、モチーフには『桃太郎』を選んだ。
 でも、僕にとって印象に残ったのは、『舌切り雀』はどうだろうかと話したときの「大きなつづらってさ、見せかけだけの優しさな人って感じだよね」なんていう里中さんの言葉だった。
「見せかけだけの優しさって?」
「なんていうか、調子のいいことばっか言う、とか」
「なるほど。君ってすごいよね、だとか困ったことがあったら言ってね、だとか言うけど、それは自分の意のままにしようとする自己中心的な目的のため、みたいな感じか。たしかに、目は引くけど中身はひどい大きなつづらみたいだね」
「え、うん」
 自分から話をふっておいて、里中さんは言葉につまっていた。
「あれ? ちがった?」
「ううん。こんなにすぐ伝わったことに驚いちゃって」
 はにかんだような笑顔は、教室で見る表情とはまた少しちがっているように思えた。
「でも、これだとなんかドロドロしたのができそうだね。やっぱり桃太郎が無難かな」
 そんな話し合いの末に出来上がった台本は、先輩に送ったその日の内に、向こうから『すっごくいい! 本当ありがとう!』とお礼のメッセージが届くほどの仕上がりにはなった。
「あ、来た来た! この裏切者!」
 翌日、久しぶりに部室に顔をだすと、早速部員の岡田が絡んできた。
「最近ずっと女子と二人きりだったもんな」
「いや、放課後は一人で図書室にいたから」
「でも、部活終わった里中さんが顔だしてたりしたじゃねーか!」
「なんで知ってるんだよ」
 里中さんはバレー部に所属していて、一週間前に図書館で会った日は偶々部活が休みだったらしい。だから、僕と里中さんの話し合いの場はもっぱら休み時間中の教室だった。岡田にも一度見られている。
「里中さんって、波多と同じクラスの?」
 後ろから声をかけてきたのは、部員の倉崎さんだった。
「そうそう。こいつ、里中さんと最近めっちゃ仲良くてさー」
「ちょっとお手伝いしただけだよ。それも昨日で終わったし」
「里中さんって去年まで大学生と付き合ってたらしいよ」
 へ? と岡田が間抜けな声をだす。急にそんな話題を始めた倉崎さんの真意が読めず、僕は続きを待った。
「三股されてたみたい」
 倉崎さんは読んでいる本から顔も上げずに言う。
「三股って! どうしたらそんなことできるんだよ!」
「調子のいいこと言ってたんじゃないの」

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