小説

『こんがらがった線』いいじま修次(『金色の糸と虹』)

 最初の『こんがらがった』は、彼が少年の時――
 それは、テレビ台の中にあった。

 イヤホンのコードがクシャクシャに絡まっているのを見た彼は、何となくそれをほどき、何となく床に伸ばした。
 一本の線になったコード――なぜか心を奪われたようにそれを見つめ続けた彼は、何かを思い出し、父親の部屋へ行った。
 釣り好きの父親が「全部切らないとダメかな……」と、何日か前に言っていたのを思い出したからだ。
 釣り糸を巻く道具のリールは、まだ糸を切られず、グシャグシャに絡まったままだった。
 彼は夢中になり、それもほどいた。

 絡まったコードや糸をほどく楽しさと、その後に現れる『美しい一本の線』――
 彼は魅了され、その後も『こんがらがった』ものを見つけては、それをほどきながら少年時代を過ごしていった。

 
 新たな『こんがらがった』は、彼が青年の時――
 それは、大学受験の試験中にあった。

 難しい数学の問題に苦戦していた彼の頭の中に、漫画の登場人物が困った時に浮かべるようなモジャモジャの固まりが現れたのである。
 それが一本の線で出来ていると感じた彼は、試験の事を忘れ、夢中になってほどいた。
 すると、『美しい一本の線』と共に、問題の解答らしき数字が現れたが、彼は驚きや疑問を感じる事は無く、それを素早く解答欄へ記入し、次の問題に目を移した。
 早く他の難しい『こんがらがった』を見付けたいという考えしかなかったのである。

 高得点で合格した彼は、入学後、心理学の教授にそれを話した。
 問題を解いた自覚が無く、カンニングをしたような後ろめたさを少し感じていたからだ。
「気にしなくていい。一度見たものを忘れない、カメラアイという能力を知っているよね? おそらくその一種で、参考書の記憶などを思い出しただけだよ」
 教授の言葉に気持ちが軽くなった彼は、図書室へ行き、手当たり次第に参考書のページをパラパラとめくってから問題に向かい、『こんがらがった』を楽しみ始めた。

 だが、難しい『こんがらがった』はすぐに無くなってしまったので、彼は次に大きな図書館や本屋へ行き、専門書や外国語、文学や芸術、図鑑や趣味の本など、あらゆる『こんがらがった』をほどいていったが、これも満足出来るのは、わずかな時間で終わった。

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