小説

『夢十六夜』夏藤涼太(『夢十夜』『第一夜』)

 ――ねぇ。海岸をずーっと歩き続けると、どこに着くと思う?
 ――え? 海岸は無限に続いてるんだから……いつかは元の場所に戻ってきちゃうんじゃないの? もちろん、そんなことはできないと思うけど……
 ――そうだね。海岸線は無限に続く。でもね、新月の夜に出発して十六日間歩き続けると……つまり十六夜の月の日に、その無限の終わりに着くことができるんだって
 ――いざよい?
 ――うん。『いざよい』は、ためらってなかなか進まないっていう意味。旧暦で十六日目の月は、日が沈んでしばらくしてから現れるから『いざよいの月』って呼ばれるんだよ
 ――ふぅん。それで、無限の終わりってなんなの?
 ――堤防からは白いユリが咲いて、浜辺に星の破片が転がって、海面を月光がたゆたうように輝いている……そんな、夢のような場所。そこにたどり着いた者は、どんな願いでも叶えることができるんだって

 
 そんな夢を見た。
 幼い頃の記憶。私がまだ田舎の港町で暮らしていた頃の幼馴染――凪との他愛のない会話。どうして今になって、もう十年以上も会っていない凪を夢に見たのか……
 でも目覚めてスマホを手に取ると、その凪からメールが来ていて、口から心臓が飛び出しそうになった。
『次の連休、久しぶりに会わない?』
 いい大人になってこんな言葉を使うのはためらわれるけど、『運命』だと思った。朝から胸が高鳴っている。誰も見ていないのに、恥ずかしい。
 凪には、幼心にほのかな恋心を抱いていた。もちろん気持ちを伝えるなんてことはなかったし、私が東京に引っ越してからは一度も会っていない。今や、声すらはっきりとは思い出せない。十年以上経って顔も変わっているだろう。今更会って、話が弾むのだろうか――そんな不安は当然ある。それでも私は即答した。
 とにかくこの街から……会社や同僚から逃げ出したかったから。

「久しぶり、奈美」
 改札を出たところに、凪が立っていた。びっくりした。小さい頃と全く変わっていなかったからだ。
 もちろん客観的には変わっているのだろう。だけど私の印象のうえでは、顔も声も話し方も、あの頃と変わっていないように見えた。だから私達は、まるで昨日までしていた話の続きをそのまま紡ぐように、十年以上の隔たりを意識せずに言葉を交わすことができた。
 町も変わっていなかった。潮の匂い。干からびた海藻類が転がるアスファルト。堤防で陽を浴びるネコ。錆びたガードレール。上着の中に潜り込む、冬の海の風……

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