小説

『夢十六夜』夏藤涼太(『夢十夜』『第一夜』)

「だけど君はその現実を受け入れられなかった。君はまるで、僕が生きているかのように振る舞い続けた。だから君の両親は、この町は君にとって良くないと判断して、東京に引っ越した。それなのに君は未だに……覚めない夢の中にいる」
「それでいいじゃん! たとえ夢でも私は凪と――」
「ダメだよ。夢は、覚めるものだから」
 そうだ。私達はたどり着いてしまった。無限に続くと思っていた、いざよいの終わりに。夢の果てる場所に。
「このままじゃ、君は本当にひとりぼっちになっちゃう。だから、僕のことは忘れて。それが……僕の願い」
「やだ! お願い凪、私を置いていかないでっ」
 視界がにじんでよく見えない。鼻水が喉に落ちて、声が上手く出ない。でもダメだ。今止めないと、凪は――
 乱暴に手を伸ばす。凪の肩を掴もうとして。でも、もう届かない。
 いやっ――
「大丈夫。奈美なら大丈夫だよ。君は、一人じゃないから」

 
 そんな夢を見た。
 いつの間にか、堤防で眠っていたらしい。一人でここに座っていたのだろうか。
 海の彼方から朝日が昇る。海面にまぶしくきらめいて、目にしみた。涙で濡れた頬に、朝の潮風が冷たく触れる。
 風に揺られて、何かが手に触れた。目を下ろすと、堤防の裂け目から、一輪のユリが咲いていた。そのユリを摘み取って凪の墓に手向けると、私は東京に帰った。

 スマホには、返信をせずにずっと放置していた、飲み会の誘いのメッセージが残っていた。ここ数日間ずっと最新の位置にいるメッセージだ。
 会社の人や同僚と馴染めなかった? 違う。私が馴染もうとしなかっただけだ。
 嫌われるかもしれない。また、いなくなっちゃうかもしれない。
 ひとりぼっちになるのが怖かった。失うのが怖かった。だから、誰とも仲良くなろうとしなかった。誰にも心を開かずに、誰のことも信用せずに、暗い海の中を一人いざよい続けた。
 なんて、悲しい夢。
 でも、もういい加減目覚めなくちゃ。

『返信遅くなっちゃってごめん。もうメンバーとか決まっちゃってるかもしれないけど、今日の飲み会、もしよかったら飛び入り参加してもいいかな?』

 メッセージを送信すると、私はアプリで今夜の天気予報を確認した。
 雲一つない、月のいい晩だという。

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