夜、アパートの部屋のチャイムが鳴った。
「丹波さん、鶴の恩返しセンターです。お届け物に上がりました」
その時僕は、恋人の知美が作ってくれた夕飯を食べていた。
僕たちは箸を持ったまま、顔を見合わせた。
「恩返しセンター?」
知美がきょとんとして首を傾げる。
「変な名前だな」
「聞いたことないよね。引っ越し業者?」
「引っ越しなんて頼んでないだろ。知美、またネットで買い物した?」
「してない。最近は節約してるし」
結婚資金を貯めるために生活を切り詰めようと、一ヶ月前にふたりで約束したばかりだった。
もう一度、チャイムが鳴った。僕は箸を置いて玄関へ向かった。ドアを開けると小柄な中年の配送員がいて、目を弓なりにして微笑んでいた。
「こんばんは、丹波さん。はんこかサインお願いします」
配送員は大きな長方形の箱を差し出した。
「鶴の恩返しセンターって、初めて聞きました。どういう会社なんです?」
「名前の通りですよ。恩返しに来ました」
配送員はにこやかな表情を崩さずに、僕が抱えている箱を指さした。
「鶴も最近、忙しいですからねぇ」
「忙しい? 鶴が?」
「全国的に昔よりかなり数が減ったんですが、そうなると皮肉なもので……逆に保護や支援をしようとする人たちが増えましてね。恩返しの機会も年々増える一方なんですよ」
「はあ」
「そこで、恩返し業務を一手に請け負うセンターが発足したんです……あ、いけない。こういうこと、あんまりお客さんに話しちゃいけないんだった」
「教えてくださいよ」
「いやいや、ダメです。鶴はシャイですからね」
そういえば、と僕は思い出す。例の昔話に出てくる鶴は、頑なに機を織っている姿を見せなかった。
「それでは失礼します」
「あ、待って……」
まだ色々と聞きたいことがあったのだが、配送員は伝票を受け取ると逃げるように去っていった。コンテナに鶴のマークが描かれたトラックが、闇夜に溶けていく。
箱を抱えて部屋に戻ると、知美が興味津々といった顔で待っていた。
「何が届いたの?」
「さあね」
包装を解いて箱を開けると、真っ白な反物が入っていた。
「きれい……」
「知美、ほんとにネットで買い物してない?」