小説

『恩返しセンター』夏川路加(『鶴の恩返し』)

「してないって。それより健二は何か、心当たりないの?」
 ある。鶴と聞いて、すぐに思い出すことが。
 あれは確か半年前、冬の夕方のことだ。
 仕事からの帰宅途中、家の近所の畑で見慣れない鳥に遭遇した。濃い夕闇の中でも、黒と白のコントラストが美しい羽は目を引いた。鳥は畑の防獣ネットに足を引っかけてしまったようで、首を激しく上下させながらもがいていた。僕はすぐに車を停めて、助けにいった。その時はまさか、鶴だなんて思っていなかった。野鳥に詳しいわけでもないし、そもそも本物の鶴を見る機会なんてそれまでなかったから。
「それだ! 間違いないよ」
「あれは鶴だったのか……」

 夕食の後、僕はネットで恩返しセンターについて調べてみた。ところが検索しても例の昔話か、大手の引っ越しセンターの情報くらいしか出てこない。
 僕は反物を眺めながら、何度も首をひねった。
「知美、どうするこれ?」
「とりあえずオークション行きかな。結婚資金の足しにしようよ」
「ああ、なるほど」
「まあ二、三千円くらいで売れれば、御の字だよね」
 知美はさっそく反物の写真を撮って、オークションサイトを開いた。

 その翌日、仕事から帰ってくると知美が満面の笑みで迎えてくれた。リビングのテーブルの上に寿司が並んでいる。
「おい、贅沢すぎないか? 節約するって約束したのに」
「いいの。今日はとってもいいことがあったから」
「なんだよ、いいことって」
「オクに出したあの反物だけど、なんと……二十万円で売れました!」
「に……二十万!」
 知美は鼻歌を歌いながら、僕の向かいに座った。
「お腹すいちゃった、早く食べよ? ずっと健二の帰りを待ってたんだよ」
「しかし二十万って……。そんなに価値があったのか」
「もしまた鶴を助けたら、同じようにセンターから何か届くのかな?」
 知美の何気ない一言を聞いて、僕はふと思った。これはチャンスかもしれない。安月給で毎日あくせく働くより、鶴を助けた方があっという間に稼げそうだ。結婚資金のために、ぎりぎりまで切り詰めた生活をする必要もなくなる。

 
 週末、僕は知美を連れて県外まで遠出をした。出かける前に、鶴がよく目撃される場所について調べていた。僕たちが選んだのは、山の中にある水田地帯だった。
「のどかでいいところだね」
「年を取ったら、こういう所に住みたいよな」
 僕たちは車を降りて歩き出した。道なりにしばらく行くと、車が何台か停まっていた。ナンバーを見たら、県外から来ている車がほとんどだった。
 そこからさらに歩いたところで、数人の男たちに遭遇した。道ばたに集まって何やら話し合っている。その中のひとり、サングラスの男が僕たちに気付いて声を掛けてきた。
「もしかして、おたくらも?」

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