小説

『新しい生活』榎木おじぞう(『小人のくつや』『セロ弾きのゴーシュ』)

 勤務時間中だというのに眠ってしまったらしい。やはり体を動かしていないからだろうか、このところ夜に眠れなくて日中にウトウトしてしまうことがある。朝起きて、始業時間になったらパソコンをたちあげ、一日中机に向かって座っている。お茶を飲んだり、ご飯を食べる時に動いたりもするが、一人暮らしのワンルームマンションでは、移動距離もたかが知れている。買い物に行くにしても、コンビニは隣のビルに、スーパーが徒歩2分程の距離にある。便利がいいと喜んでいたのだが、こうなってみるともうちょっと不便な場所にすめばよかったと、贅沢なことを考えてしまう。
 休みの日に少し運動をすればいいのだが、なかなか実行に移せていない。会社に通っていた時には、半分くらいの時間オフィスで生じるいろいろ雑務をしていたが、自宅勤務になったのを機にデザインの仕事に専念することになった。そうなってみるとやりかかっている仕事が気になり、いつでも作業にとりかかれる環境も手伝って、ついつい勤務時間外でも机に向かってしまっている。
 気を取り直して、コーヒーを入れて座り直し、マウスを振ってスリープ状態のパソコンを起こしてみて、目を疑った。編集中だったファイルがなくなって、デスクトップ画面になっている。最小化しているわけでもない。保管場所を探しても作業中のものはおろか、明日のプレゼン用に用意していた他の二つのファイルも跡かたなく消えている。ゴミ箱にもないし、コンピュータ全体を検索しても出てこない。本当にどこにもない。
 必死でパソコンを探している眼の隅に何者かが動いたような気がして、顔をそちらに向けると小さな人、紛れもない小人と一瞬目が合い、小人はすぐさまカーテンの後ろに引っ込んでしまった。その時、先ほどのうたたねの中で見た夢がよみがえってきた。
 私がうとうとしていると、モニターの後ろから小人が顔を出し、そのうちそっと近寄って来たかと思うと私の様子を伺い、大丈夫寝ていると判断したのだろう、仲間に合図し、数人の小人たちが出てきて、画面を見ながらしばらく話し合い、マウスを動かしたりキーボードを叩いたりし始めた。私が頑張っているから小人さんたちが助けてくれるのね、そんなふうに思いながらまた眠りに落ちてしまった。
 あれは夢ではなかったのか。しかし手伝ってくれたのではなく、ファイルを消し去ったのだ。カーテンをめくってみるが誰かがいる様子はない。後ろに気配を感じて振り向くとパソコンのモニターの陰に小さい足が消えるのが見えたのでいそいでモニターの後ろを覗いてみるがやっぱり小人を見つけることはできない。
 小人のことも気になったが、それよりもデザインだ。一応一度は作っていたのである程度のところまでは進められそうだが、今からじっくり煮詰めていこうと思っていたところまでたどり着けるかどうか。
 もう一度気合を入れてパソコンの前に座り、作業を進める。目の端にちらちらと何か動くものを捉えるが、気をそらさないようにする。先ほどまでの流れを思い出しながら、マウスをうごかし、ペンを走らせる。

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