小説

『新しい生活』榎木おじぞう(『小人のくつや』『セロ弾きのゴーシュ』)

 途中おなかがすくと、いつでもパソコンの前に戻れるように重心を残しながら、台所にゆき、食パンの袋を持ってダッシュで帰ると、様子をうかがっていた小人たちが驚いて散ってゆく。トイレに行くときはファイルを保存し、パソコンの電源を切ったうえで、キーボードやマウスを取り外し、トイレに持っていく。
 そんなふうにちっちゃい奴らと戦いながら、窓の外が明るくなってきたころようやく完成した。いつもだったらもうちょっと悩んでみたかもしれないが、今回は割り切った。出来上がったファイルをUSBに保存して、握りしめて、始業の時間まで横になった。

 その日以来、日常は小人との戦いとなった。パソコンにもファイルにもクラウドの保存先にもパスワードをかけたが、簡単にやぶられてしまう。後ろの棚の上にチカっと光った二つの丸いものは双眼鏡に違いない。あれで手元を全部みられているらしい。机を動かして、壁に背を向けみたが、エアコンの上や、カーテンレールのなどいたるところから覗かれていた。結局USBに入れて作業するのが安全かと思ったが、あるとき小人たちが握って寝ている私の手を広げようとしているのに気が付いて、USBを握った手にサランラップをぐるぐる巻きにして寝ることにした。
 何より大事なのはさっさと仕事を切り上げてしまうことだ。慣れてきたこともあり、作業も早くなった。クライアントから依頼を聞く時点で時間をかけてポイントを絞り、そこでイメージをある程度作り上げておくこと。普段から材料をいくつも作っておき、話しながら構想を練った。アイデアスケッチが捨てられるようなことはなかった。
 小人たちをよく観察してみると、小人たちは私が作ったデザインを見ているようで、評価したり、感想を言っているようだった。捨てられたものはお眼鏡にかなわなかったものなのだろう。これはと思うデザインができるとオーと小さな歓声があがる。ちょっとどうかと思うようなときにはうーんという唸りが聞こえる。私はその反応を見ながら、ちょっと手を入れてみたりするようになっていた。

 仕事が一段落していたので、有給休暇をとって会社に出かけてみる。朝早く起きて、いつも利用していた時間の電車に乗る。定期券は切れていて、残額もなかったので改札で締め出され、いつもの電車に乗り遅れそうになった。電車は思っていたより、混んでいて以前と変わらないようにも思える。
 乗換駅で混んでいるエスカレーターを避けて階段を登るいつものルートを行ったが、登り終わった頃には息が上がって、体力が落ちたことを痛感させられる。
 駅を出て会社の近くまで歩く。いつもお昼ご飯を食べていた店や、たまに帰りに飲みに行った居酒屋はまだ閉まっている。午後になったらちゃんと営業しているのだろうか。
会社の入ったビルの前で立ち止まり、自分たちのオフィスがある階を見上げてみるが電灯は灯っていない。
 初めて面接で来た時のことを思い出す。グラフィックデザイナーになりたくてたくさんの会社をまわり、入れた会社は小さかったけれど、とてもうれしかった。

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