小説

『彼女が求めた赤』斉藤高谷(『地獄変』)

 美術部の顧問になって結構経つが、ヨシノのような生徒はちょっといない。聞いたところによると、彼女の才能は既に小学生の頃から開花していたという。小中を通して色々な賞を総ナメにし、高校は私立の美術系へ進むかと誰もが思ったようだが、予備校の講師とそりが合わず、結局普通科しかない県立のうちに入ったということだった。
 いわゆる〈天才〉のご多分に漏れることなく、ヨシノも奇特な人間だった。絵を描くこと以外何に対しても興味を示すことはなく、部内での人間関係をおもんぱかるなどという気持ちも皆無のようだった。これが運動部とか吹奏楽部といった〈集団〉が重んじられる場所だったら色々と面倒が起きていたかもしれないが、各々が好きに絵を描いたり粘土をこねたりしている美術部では「ヨシノさんはああいう人だから」で済んだ。気弱な質の者が多い部員たちが、彼女の醸すオーラに怯えていたというのもあるのだろうが。
 ヨシノの絵は、そうと知らされずに観たら決して高校生の作品には見えないはずだ。そればかりか、〈絵〉という表現手段の範疇も超えている気がする。観る者の意識を釘付けにし、気持ちに直接訴えてくる。正確に言えば、心の中にどろりとした何かを流し込んでくる。観た者は涙を流すか恐怖におののくか、狂ったように笑い出すかのどれかになる。あるコンクールの審査員は彼女の絵を観るなり発熱し、三日三晩うなされたという。幸い、うちの生徒も俺も熱は出さなかったが、それでも彼女の絵が尋常でないことは理解していた。
 生徒たちは彼女をアンタッチャブルな存在として扱って済んでいたが、顧問という立場上、俺は彼女を放っておくわけにはいかなかった。それ以前に――誤解を恐れずにいえば――ヨシノの方から頻りと俺に接触を求めてきた。
「先生、粉々に砕けた百葉箱を描きたいです」
「先生、死んだ鶏を描きたいです」
「先生、男の裸体を描きたいです。脱いでください」
 全部「用意しろ」という意味合いで来るのだが、希望を叶えられるはずもない。唯一、最後の〈裸体〉だけが実現可能かとも思ったが、一度立ち止まり、今後の人生設計を鑑みた上で思いとどまった。
「先生はわたしの願いを何も叶えてくれませんね」彼女の依頼(?)を断り続けていたら、そんなことを言われた。「無能ですか」
「お前が有能だと思っている人間は、残念ながらこの社会では日の当たる場所を歩けないんだ」
「つまらない社会ですね。クズ社会」
「まあ今はそう見えるだろうが、そのうちそこが居心地よく感じるようになる」
 彼女は鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。俺は俺で、ああは言ったものの恐らく彼女には一生掛かってもこの社会が〈クズ社会〉に見えるのだろうと思った。

〈天才〉と謳われた、歴史に名を残す多くの画家たちがそうであったように、ヨシノもまた写実を通して想像力の塊をぶつけるタイプの描き手だった。彼女は観たままの物を正確に写し取り、そこへ彼女の眼にしか映らない物事の本質を載せることで、観る者に感動(何らかの感情が揺れ動く、という意味だ)を与える作品を生み出していた。

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