小説

『桃太郎に生まれて』久保田彬穂(『桃太郎』)

 桃太郎。鬼退治をする勇敢な少年。
 僕は桃太郎として生まれた。それは、「むかしむかしあるところに―」で始まる話ではない。

―平成16年、東京都江戸川区に正治と早苗という夫婦がいました。正治は工場へメッキ貼りに、早苗はスーパーへ買い物に出かけました。早苗はスーパーで突然倒れました。
そしてどんぶらこどんぶらこと病院へ運ばれ、桃太郎は生まれました。―

 名前の由来は、母親が倒れた時ちょうどスーパーで桃を買おうとしていたからという、ふざけているとしか思えないもの。その軽いノリのせいで、息子の人生が狂うなんて思いもしなかったのだろう。僕の両親は本当に、鬼よりも恐ろしい、無神経な人間だ。
 そんな人間は両親だけではない。小学校のときも、給食に桃関係のものが出れば騒がれたし、風邪で休めば「鬼退治してきたの?」とからかわれる。カメを助ける浦島太郎はこの世には存在しない。だって、いじめられっ子を助けてもいいことないって、童話が言っているから。

 中学生になってもそれは続いた。そして高校生になった今、一度も学校に行けずにいる。
 いや、一度は行った。それは入学式の日。
 クラス分けの紙が張り出されたボードの前に、鬼たちはたかっていた。
「桃太郎だって!」「やばくない?」「猿とか連れて来るんじゃね?」
 勝手につまらない想像をされ、僕はその場を去った。
 僕が学校に行かなくても、両親は何も言わない。もう、諦めたのだろう。中学生のとき、ひどく両親を責めたことがある。どうしてこんな変な名前をつけたのか。
 するといつも笑っていた両親から、笑顔が消えた。
 別に桃太郎が嫌いなわけではない。一応英雄なはずだ。しかし、だからといってそんな強い名前をつけられたら自分より名前が前にでることは明白だ。それで僕がいじめられても「気にするな」だとか「立ち向かえ」だとか両親は全く心に響かない言葉をかけてくる。むしろ腹が立った。

 エアコンが壊れたせいで僕の部屋は外より暑い。家にいるなと言われているようだ。わざわざキッチンまで行って、冷凍庫を開けてもアイスがない。これだけで今日のテンションはがた落ちだ。

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