小説

『生と彼』和織(『死後』『彼』)

「何を死んでいるんだ君は」
 呆れたような呟きが聞こえてそちらを振り向くと、隣に彼がいた。いつからそこにいたのか、と考えたが、よくわからない。気がついたら今で、私たちは並んで街を歩いている。隣の彼は、私より十は若い、肌の白い美男子だ。
「ああ、すまない」
 私は言った。
「僕に謝ったってしょうがないだろう」彼はそう言って、ため息をついた。「しっかりしてくれよ。君までこんなことになるなんて」
 彼は私と全く同等な口調で話す。が、それに全く違和感がない。私は、彼を知っている、と思う。けれど一体どこの誰だったのか、一向に思い出せない。知っているのに、わからない。首を傾げざるを得ない反面、彼の声にはやけに、聴き馴染みがある。考えれば考える程絡まっていくのに、不安になるどころか、なるほど彼が死んでいると言うのなら、私は死んでいるのだ。と妙に納得してしまう。
「あいつが見ているよ」
「え?」
「ほら」
 彼は顎で、少し離れた場所で歩いている男を示した。そこにいるのは、Kだった。そいつのことは、よく知っている。
「なんであんなに離れて歩いているんだい?あいつ」
「君に悟られたくないからさ」
「何を?」
「あいつを見てればわかる」
 私は言われた通り、Kをじっと見た。Kもしばらくこちらを見ていたが、一瞬視線が隣の彼とぶつかったかと思うと、素知らぬ感じでスタスタと歩いて行ってしまった。
「あいつ・・・・俺が死んだことを喜んでるのか」
 Kの後ろ姿を見送りながら、私はさっきの彼のように、呆れ声で呟いた。
「僕のときだってそうだったじゃないか。まぁ、別に責める気もないけれどね。僕は、あいつを面白いと思うよ。死んだってどうとも思わないような人間と、ああも長く付き合っていられたんだから」
「ああ、そうだったかな・・・」
 確かに、Kは彼が言うような男だと、私も思った。けれど、彼が死んだときのことを、私は全然思い出せなかった。
「だがね、僕のときと君じゃ、違うんだよ。僕は、後に残したものが何もなかったんだから」
 そう言って、彼は立ち止まった。私も立ち止まった。私たちはいつの間にか、私の家の前に立っていた。しばらく眺めていて、私は見慣れたそれの、大きな間違いに気づいた。
「標札が・・・・」

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