小説

『どこにもいかずにここにいる』森な子(『みにくいアヒルの子』)

 カナメちゃんはいつもどこかずうっと遠くを見ていて、心ここにあらず、といったかんじの女の子だ。
 そうは言ってもべつに、今居る場所にうんざりしている風でもなく、話しかければにこにこ笑いながら答えてくれるのだけれど、それでもその目はいつも、あたしの体を突き抜けてどこか遠いところ(例えば海とか、山とか、森とか……)そういう大きなものを恋しく思っているようだった。
 だから、カナメちゃんがちょっとずつ学校を休むようになって、いわゆる“不登校”っていうやつになった時、あたしはあんまり驚かなかった。ああカナメちゃんにはあの環境は適さなかったんだな、と、ただそう思った。
「やっほー、カナメちゃん。元気? 今日はなにしてたの?」
「渚ちゃん、また来てくれたの?」
「うん。だって先生が、カナメちゃんがどうしているか見に行って、様子を報告してくれっていうんだもの」
「あはは! そういうの、口にしちゃうところが渚ちゃんらしいね」
 カナメちゃんに対して何か嘘をついたり取り繕ったりする方がばかばかしい。あたしはごそごそと鞄からファイルを取り出して「はいこれ、今日の分のプリント」と手渡した。
 あたしとカナメちゃんは、べつにクラスが同じというわけではない。けれど、家が近いのと、去年あたしたちが仲良くしていたのを先生が見ていたようで、なんだかあれよあれよという間にカナメちゃんの様子を報告する、というミッションを託されたのだった。
 こういうの、白羽の矢が立つ、っていうんだっけ?
「今日はねえ、絵を描いていたの」
「へえー。得意なの?」
「ううん、全然。でも、もしかしたら得意になるかもしれない、って思って」
「なにそれ」
「でも、駄目ね。私、絵の才能はないみたい、うん。諦めて次を探すわ」
 前回来たときはパッチワークをしていたカナメちゃん。今日はスケッチブックを机に広げて、下手くそな猫の絵を描いている。前々回は編み物をしていたし、その前は変な機械でお香を焚いていたし(アロマディフューザーっていうらしい)、その前は……、
「渚ちゃん、学校楽しい?」
「え? うーん……どうだろう。勉強はつまんないし、楽しいとは思えないなあ」
「そっか」
「カナメちゃんは、学校楽しくなかったの? 楽しくないから、行くのやめたの?」
 あたしが訊くと、カナメちゃんは長い睫毛をぱしぱしと瞬かせてそっと笑った。同い年なのに、たまにものすごく年上のお姉さんのように見える時が、カナメちゃんにはある。
「これ、答えたら先生に報告する?」
「え? ああ……口止めされなかったら、多分する。でも、言ってほしくないなら、言わないよ」
「そっか。じゃあ言わないで。私たちだけの秘密にして」

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