小説

『どこにもいかずにここにいる』森な子(『みにくいアヒルの子』)

「うん、わかった。あたしたちだけの秘密にしよう」
 カナメちゃんは、「ありがとう」と囁くように言うと、そっと視線を遠くに移して口を開いた。
 あの目だ。カナメちゃんの、あのどこか寂しそうな、不思議な目。
「……あのね、これ、誰に言っても、困ったような顔で笑われてしまう話なの。みんなにとってはきっと、対して気に留めるようなことじゃないことで……けれど私は、それが嫌で嫌で仕方がなくて、そのせいで学校へ行くのを止めるほどにまでなってしまったの」
「笑わないよ。大丈夫」
 言うと、カナメちゃんは何故だか一瞬、少し怯えたようにしながら、ぽつぽつと話はじめた。
「私のクラスって、元々視聴覚室を改装して作られた教室だから、二人用の長机が何個もあって、出席番号順で座るシステムなの。つまり、隣の席の子と二人で一つの机を使うのね」
「うん、わかるよ」
 カナメちゃんのクラスである、二年四組だけはそういう、ちょっと特殊な教室なのだ。近くに大きなマンションができて、生徒数が増えたことにより教室が足りなくなって、急遽一クラス追加した時に、付け焼き刃のように改装工事が施された。
「その……実名は出さないけど、私の隣は頭の良い、しっかりとしたかんじの女の子で、前の席は気の強そうな女の子と、物静かなかんじの女の子だったの」
 カナメちゃんは言った。
「あのね、まず、大人しそうな子が、学校を頻繁に休むようになった。後から聞いた話だと、家庭環境があまりよくなかったみたいで、私もたまに、その子が一人で泣きそうな顔しながらとぼとぼ歩いているのを見かけたの。声なんてかける勇気、なかったけれど。でもその背中が本当に悲しげだったのを、痛いくらいに覚えている。……それで、ここからが本題なんだけど」
 カナメちゃんはちらりと不安そうにあたしのほうを向く。うんうん、と頷いてみせると、ふう、深呼吸をしてから、再び話し出した。
「その子が休みだと、周りの子たちがその子の席に荷物を置くようになったの。鞄とか、上着とか、体操服とか、お茶とかお弁当箱とか……とにかく色々。まるでそこはその子の席じゃなくて、荷物置きですとでもいうみたいに。私は最初、それを見たとき唖然としたけれど、クラスのなかでそれに異論を唱える人は誰一人としていなかった。それが既にもう、私にとっては信じられないくらい辛かった。
 その子はたまに、二限目とか、三限目とか、途中から学校に来ることがあった。それで、自分の席に置かれた荷物を見て、一瞬だけ悲しそうな顔をするの。荷物を置いていた子たちは、何の悪びれもしない様子でそれをどかすんだけど、そのあとに静かに椅子に座るその子の背中があまりにも淋しげで、私はもう……その空間にいることが、そこに存在をしていることが、ひどく汚らわしいことのように思えて、ダメだったの。ダメになってしまったの。私は何一つ、誰に何をされたわけじゃないのに。本当に辛いのはきっと、あの時静かにあの席に座った、あの子のほうなのに」

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