ついに色別の日が来た。白鬼たちにとってそれは、今後の人生を決める重大な瞬間であった。
これまで十八年間、鬼吉は同年代の白鬼たちとともに、のびのび育てられてきた。幼少期は近所の鬼たちと、金棒野球などをして遊んだ。思春期に入ると、学校では人間語も習っ た。鬼吉が一番気に入ったのは「太陽」という言葉で、まだ見たことないそれに大いなる想像を膨らませた。「虹」も好きだった。鬼の里は常に曇っていて虹が出たことはなかった が、教科書の挿絵を見ただけで、様々な色をした親鬼たちが思い出されて愉快だった。
美術の時間には、キャンバスに描かれた透明鬼に、将来への期待を込めて色を付けた。時には黄色、時には黒、そして時にはーーというより自分に自信が出てきた十七歳の頃になって初めてーー憧れの金色に塗った。自信が持てたのは、彼の二本のツノが誰よりも大きく成長したためであった。同級生に一目置かれる存在となり、クラスの委員鬼に選ばれた。注目されることに慣れた鬼吉は、自分を表現することを億劫だと感じなくなった。猫背気味だった姿勢も直り、堂々と里を歩くようになった。これから若鬼のリーダーとなり、人間たちを苦しめてゆく覚悟もできた。文集の寄せ書きには力強く「人間殺す」と書いた。
そして十八歳になる年の一月、母鬼に連れられて山奥の黒い滝へと向かった。いよいよ色別が始まる。滝壺で邪悪な水を浴びると、しだいに皮膚の色が変わる。つまり自分が何鬼として生きていくのか決まるのだ。これが鬼世界の成人、いや成鬼の儀式だった。
鬼吉は自分に自信があるとはいえ、体の震えが止まらなかった。色はこれまでの行いや血筋とは関係なく決定される。遺伝はない。母親は黄鬼だった。地獄で働く父鬼は黒鬼だと聞いた。鬼の世界ではエリート家系だが、鬼吉の皮膚の行方は誰にもわからない。閻魔のみぞ知る。
二つ前に入滝した白鬼は黒鬼へと変わり、歓喜の雄叫びをあげた。母鬼も「一族から黒が出た」と叫んでまわり、周りの鬼たちは祝福した。鬼吉は、その光景に嫉妬していた。黒鬼となった彼は鬼吉のライバルだが、一度も負けたことがなかった。ツノも小さかったし、金棒野球では全て打ち返した。そんな奴が黒鬼になったことが許せなかった。同時に、鬼吉に焦りが押し寄せた。最低でも黒、いや金にならないといけない。そんなプレッシャーが彼の心を蝕んだ。
目の前の白鬼は、青鬼となった。赤と思い込み悲観的になっていた彼は、安堵の表情を浮かべた。彼の母鬼は、岩を持ち上げて喜んでいた。
いよいよ鬼吉の番が来た。屈強な肉体を揺らせながら、恐る恐る滝へ近づく。目の前に落ちてくる黒い水。呼吸を整えてその流れに手をかざした。だが何の変化もなかった。体全体を落水で包んで、芯から溢れ出る生命力を解放しないと変色は起きないようだ。鬼吉は足の指で底をつかんで、のそりと滝の中へ入った。
「金金金金金金金金金金……」
鬼吉は祈った。自分の力でどうすることもできない時、鬼は閻魔に祈るのだ。