小説

『成鬼の儀式』西木勇貫(『桃太郎』)

 鬼吉は力の限り走った。そしてとある村に到着し、乳児を拉致した。俺もやればできるんだ。鬼吉はそう勢いづいた。こいつを連れて返って、クラスメイトを驚かせてやる。鬼吉は乳児を担ぎ、再び野を駆けた。その時、再び太陽に目が眩んだ。美しい。何より大きい。鬼吉は人間界の自然に圧倒され、急に自分の行動を馬鹿らしく感じた。そして彼はついに走るのを止め、木陰に腰掛けてしまった。
 しばらくすると天気雨が降ってきた。鬼吉は初めての経験に興奮した。透明な雨も初めてだったし、それを享受する大地や草花に息吹を感じた。この世界でずっと生きていきたい。理不尽がまかり通る鬼の世界に戻りたくない。その思いが確信に変わった時、空には虹が出ていた。

 さて、人間の子どもをどうしようか。もう誘拐する理由はない。鬼吉がふと上を見ると、もたれている木には桃色の果実が成っていた。彼はそれをふんだくり、邪の力で膨らませ た。ごめんな、元気でいろよ。そう思い、赤ん坊を中に閉じ込めた。
 鬼吉は立ち上がり、村の方角に流れる川に果実を浮かべた。赤ん坊の入った果実は、どんぶらこと川を下っていった。鬼吉はその様子を、どこか晴れ晴れしい気持ちで眺めていた。彼は自分の行為が数年後、鬼世界を混乱に陥れることをまだ知らない。

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