小説

『成鬼の儀式』西木勇貫(『桃太郎』)

 五分が経過した。滝の外から、出てくるように促す声が聞こえた。彼は出る前に色を確認しようと腕を見たが、黒い水に包まれていて認識できなかった。仕方ない、どうなっても受け入れるしかない。滝を出ると、人生が変わる。色によって導かれる未来。道しるべ。ある鬼は好転し、ある鬼は絶望の淵に立たされた。黒滝は全ての鬼の岐路。その歴史は長く、深い。

 鬼吉は勢いよく滝を飛び出し、目を開いた。腕を見た、膝を見た、そして前を見た。母鬼は口を抑えて泣いていた。鬼吉の目にも涙が浮かんだ。運命が彼に突きつけた色は、赤だった。母親は泣きながら鬼吉を抱きしめた。鬼吉はただ前を向いていたが、その眼に映るもの全てと焦点が合っていなかった。哀れだろう、いい気味だろう。順調そうに見えていたもの

 が落ちぶれる姿は美しいだろう。鬼吉と母鬼は、意地の悪い笑顔でニヤニヤとこちらを見ている鬼たちの間を通り、滝壺を後にした。

 鬼吉はしばらく学校を休んだ。赤になってしまったことが受け入れられなかった。自分は他の鬼とは違うと思い込んでいたし、周りに期待されているのもわかっていた。
 それなのに、結果は赤。
 学校で醜態を晒すようなことはできなかった。自身が特別じゃなかったこと、期待を裏 切ってしまったこと、その現実から彼は激しい自己嫌悪に襲われた。運命を恨んだ。走っても、戦っても、罵倒しても、勉強しても、誰にも負けないように自分を追い込んできた。 じっさい、あらゆる面で鬼吉の方が優れていた。誰かが困っていると助けてやった。金棒のトゲが欠けると直してやった。頑張っていると努力は報われる。そう信じていた。しかし彼が描いた未来は幻想に過ぎなかった。「赤」という烙印は、まだ若い彼の心に重くのしか かった。それは反抗できない現実だった。
「普通は赤なのよ、何も落ち込むことじゃないの」
 母鬼は彼を励まし続けた。しかし彼女の言葉は、刺さらなかった。鬼吉にとってそれは、母親とはいえ、自分より身分の高い黄鬼から発せられた言葉なのである。ただ、彼女が母親であるという事実からくる温もりと、ずっと側に居てくれたという愛情だけは鬼吉にとってありがたかった。

 普通は赤というのは、本当のことだった。鬼人口の四分の三が、赤鬼である。彼の教室では、きれいに三十人が赤鬼になった。残りの十人は、青が四、黄色が二、緑が二、紫が一、黒が一だった。この年、金鬼は現れなかった。詳しくいえばこの年も、現れなかった。金 は、十年出ていないのだ。前に出た「鬼目」という名前の金鬼は、両親ともに赤鬼の家系から生まれたので、非常に驚かれた。伝説となった誕生の様子は、地底の洞窟に壁画として印されている。そして現在、鬼目はわずか二十八歳で閻魔の側近となった。

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