小説

『君達に会うまでのファンタジー』五条紀夫(『桃太郎』)

 世界は穏やかに終末へと向かっている。戦争やら少子化やら問題を数え上げたらキリがない。近頃では突発性昏睡症候群という奇病さえ流行っている始末。とはいえ、俺には関係のない話だ。今日もバイト。明日もバイト。俺は、いまをただ生きるためだけに平凡な日々を繰り返す。そうさ。そのはずさ。
 けれど、そんな日常を覆そうとする奴がいた。
「勇者様ぁぁぁ。おバイト、お疲れ様でございました!」
 空からホウキにまたがった少年が降りてきた。ダブついた白いローブを羽織った十歳ほどの少年。彼の名は、イヌー。本人曰く大魔導士だそうだ。
「おい。目立つから空を飛ぶなよ」
 呆れ気味に言うと、なぜかイヌーはガッツポーズ。
「ご安心下さい。もし騒ぐ者がおりましたら焼き払います」
「物騒なこと言うな」
「冗談ですよ」
 と言いつつも、彼の右手にはすでに炎の塊が握られていた。
 魔導士イヌーと出会ったのは三日前、今日と同じようにバイトから帰る途中のことだった。突如、眩い光と共に目の前に現れたのだ。彼が言うには異界からやって来たらしい。荒唐無稽な話ではあるが、空を飛んだり炎を出したりする様を見せつけられたのでは信じざるを得ない。
 イヌーがこっちの世界に来たのには理由があった。彼の住む世界は魔物達に占拠されている。その状況を打破するためイヌー含む勇者一行は魔王に戦いを挑んだ。ところが、勇者は亡き者とされてしまった。魔王を倒す力は勇者しか持ち得ない。そこでイヌーは、並行世界にいるとされるもう一人の勇者を探しに来たのだった。そのもう一人の勇者というのが、俺だ。
「さて勇者様。おバイト後でお疲れかと思いますが、よろしいでしょうか」
「なにが?」
「いまこそ異界転生の時です」
「しつこい。もう何回も断っただろ」
 彼は事あるごとに転生を勧めてくる。俺のことを異界へ連れ去って魔王と戦わせるつもりだ。もちろんお断り。しかし一向に聞き入れてくれない。
「仕方ありません。では私共の冒険譚を伝え授けましょう……」
 そして、事あるごとに異界での出来事を語りだす。昨日は魔王がいかに恐ろしいかを教えられた。魔王は二本の角を生やした巨人だそうだ。一昨日は先代勇者がいかに素晴らしかったかを教えられた。先代勇者は俺とは違って正義感溢れる人物だったそうだ。まあ、俺には関係のない話だ。

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