小説

『君達に会うまでのファンタジー』五条紀夫(『桃太郎』)

「本日はどんな話をしましょうか」
「どんな話も聞きたくないよ」
「分かりました。本日は先代勇者様のお供についてお話ししましょう」
「人の話を聞いてるか?」
 いつだって会話は噛み合わない。彼は好き勝手に話をする。
「勇者様には三人のお供がおりました。まず私、イヌー。次に戦士サルー……」
「イヌ? サル? 分かった。もう一人はキジーだろ?」
「いいえ、シュバルツフェザンでございます」
「誰だよ!」
「職業遊び人でございます」
「それって職業? 遊び人なんていらないだろ」
「そんなことはありません。フェザンはムードメーカーです。彼がいなければ魔王城までの長く辛い旅路を乗り越えられなかったでしょう」
「へぇー、凄いんですねぇー」
「はい。フェザンは凄い奴なんです……」
 引き続きイヌーは仲間のことを熱弁した。俺にとっては興味のない話だ。かといって相手は子供。ムキになって咎めるまでもない。
 結局、今日も自宅に着くまで異界での出来事を聞かされてしまった。

 
 翌日以降もバイトが終わると、当たり前のようにイヌーはやって来た。
「勇者様ぁぁぁ。お疲れ様でございました。転生しましょう!」
「いきなりかよ!」
 軽く突っ込みを入れてから、俺は嫌味ったらしく愚痴を零した。
「あのな、イヌー。俺はバイトで本当にお疲れ様なんだよ」
 ちなみに俺は法人配送のバイトをしている。一人で軽トラを運転し、一人で荷物を運び込む。そういう仕事だ。近頃は病院宛の荷物が多くて忙しかった。
「勇者様、大丈夫ですか? 転生は明日にしますか?」
「明日もしないよ。毎日重たい荷物を運んでヘトヘトなんだ」
「ああ、こんな時にサルーがいてくれれば……」
「サルー? お前の仲間の戦士サルーか?」
「はい。サルーは屈強な大男です。どんな荷物も軽々と運ぶことでしょう。その上、彼は巨体に似合わず身のこなしが軽いのです。特技は木登り。あまりに木登りが上手いので、ついた二つ名は、レッサーパンダ」
「そこは猿で良いだろ!」
「シッ! サルーに聞かれたら怒られますよ」
 イヌーは口元に当てた人差し指を下ろすと、引き続きサルーについて語った。
「彼はあんな見た目なのに、繊細な心の持ち主なのです……」
 長々と話が続く。話している最中のイヌーの顔は、ほんのり微笑んでいた。
「お前ってさ、仲間の話をする時は楽しそうだな」

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