小説

『君達に会うまでのファンタジー』五条紀夫(『桃太郎』)

 提示された方法は至って簡単なことだった。対象に向けて手をかざし、念じるだけだ。なお、その際に叫ぶと気分が盛り上がって効果が増すらしい。
 騙されている気がする。しかし駄目元で、俺は右手を突き出して叫んでみた。
「アチョーッ!」
 すると燃えるようなエネルギーが放たれた、ような気がした。
「さすがです。勇者様」
「成功したのか?」
 そう疑問に思っていると、病院の窓に次々と明かりが灯った。加えて多くの話し声が聞こえてくる。確認しに行くまでもない。患者達が目を覚ましたのだ。
 常に真っ暗だった病院が急に明るくなったことで野次馬が集まってくる。世界初の奇跡だ。しばらくすればマスコミも集まってくるだろう。
 俺とイヌーは、大騒ぎになる前にその場を離れた。

 
 公園のベンチに座り、俺は自分の右手を見つめた。
「凄いな、俺。この力で世界中の患者を救えるぜ……」
 未だ興奮で全身が震えている。
 ところが向かいに立つイヌーが、冷めた口調で水を差してきた。
「無理だと思います」
「まあ、世界中を巡るのは大変だ。でも挑戦してみないと分からないだろ」
「そういうことではなく、先程の邪気を視て確信したのです。二つの世界は共鳴し合っています。二つの世界にそれぞれ勇者様がいたように、あらゆる事象が相互関係にあるのです。あちらの世界が滅びれば、こちらも滅ぶ……」
「じゃあ、こっちの世界を平和にすれば良い」
「私のいた世界には魔王という厄災の象徴がおりました。ですが、こちらの世界には、争いや病気といった、漠然とした脅威しか存在していません。勇者様が魔王を倒すしか世界を救う方法はないのです」
「病人に手をかざすのとは訳が違うんだ。化け物と戦ってられるかよ」
「ですが……」
「お前達がまた戦えば良いだろ! 少なくとも俺と思い出話なんかしてても意味がないんだ。さっさと異界に帰れよ!」
 八つ当たり気味にそう言うと、イヌーは視線を落とした。
「邪気と同様、魔王を滅せられるのは勇者様だけです。その上、私は帰りたくとも帰れないのです。時空を越えるような強大な呪術を行使するには代償が必要です。事実、私がこちらの世界にやって来る際にも……」
 そこで彼は言葉を詰まらせた。話を促すように、そっと尋ねる。
「代償を、払ったのか?」
「サルーとフェザンが、その命を、捧げました」
「え……そんな話、聞いてないぞ……」
「報告を怠って申し訳ございませんでした」
 そう言ってイヌーは悲しげに笑った。
「どうして謝るんだ? どうして笑うんだ? 親友が死んだんだろ。こっちの世界ではな、そんな時は泣いて良いんだ。辛くないのかよ!」
「辛いです。胸が張り裂けそうなほどに辛いです。ですが、私には勇者様という希望があります。だから笑うのです。サルーもフェザンも笑っていました。それに、意志の強かった二人は必ず生まれ変わるでしょう。生まれ変わって、再び私共と旅をするに違いありません」

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