小説

『オサム君との思い出』ノリ・ケンゾウ(『思い出』太宰治)

 黒板の文字を消すのは、当番のオサム君と私の仕事だった。オサム君は黒板に書かれた「正」の字を少し眺めてから、忌々しくて仕方ないというように強い力を込めて消していった。

 私のクラスでは、日直当番というものはなく、週ごとに当番が変わる週直だったので、当番になった二人組がその一週間はずっと雑務をやることになっていたのだが、私は週直という制度自体、かなり不可解なものだと思っていた。そもそもクラスの人数が三十人くらいなのに対して、年間の一週間の数は、ざっくりした計算であるが、年間五十二週間から夏休みと冬休みを引くとすると四十五とか四十六とかで、それに対してペアの数が十五組だから、週間で回すとするならば一回の当番で済んでしまう子と、二回も当番をしなくちゃいけないペアができてしまうからだ。
 だから私たちの学校のクラスの構造上、週直を採用してしまうと不公平が生まれてしまうので、大抵の先生は日直の制度を採用していたわけだけれども、なぜだか私たちの担任の芥川先生は、かたくなに週直の制度を採用することを固辞した。今の時代で考えれば、真っ先に注意を受けてしまいそうだが、当時はそこまで反感を買いはしなかった。それはなぜかというと、週直にすることによって得をする人もいるわけで、当番が年に一回で済むことになった人にとっては、よかったー週直で、となるわけで、四月に週直の順番を決めるときなんかは、みんな自分が週直の当番を一回で済むように願って芥川先生が作ったくじ引きをわくわくしながら引くので、ある意味楽しんでいるようでもあって、結果的にあとになって不平不満を言うのは私たちみたいな二回週直をやらなくてはいけなくなった生徒たちだけで、いくら不平不満を言おうにも、元々自分も楽をして当番が一回で済めばよいと期待していたのは事実なので受け入れるほかなかった。
 そういうところが芥川先生はずるいんだ。
 オサム君は黒板の文字を消しながら、私に言ったのか、独り言なのか分からないくらいの大きさの声で言った。
 ずるい? 
 聞き返すと、
 そう、ずるい。
 と、オサム君は私の目を見ずにまた言って、
 あの人、顔もいいから、みんな騙されてる。
 そう言って舌打ちをした。たしかに芥川先生の見た目は格好良かったけど、私たちを騙してるような、いじらしい感じはしなかった。それは私が女だから、もしかしたらすでに騙されているということかも、と少しだけ警戒したけれど、別に芥川先生が何を考えていようが私にはあまり関係がないしそれでなにか不利益を被るようなこともなかったので、そのことはすぐに忘れた。芥川先生への不平を言うオサム君の方は、マスクをつけていて、顔が見えなかったけれど、女子たちの間ではオサム君も格好いいと評判だった。みよはいいねー、オサム君と週直がペアなんて、それに比べて私は……、なんて風に女の子の友達にからかわれたりして、ペア、なんて言い方に恥ずかしくて頬が赤くなってしまい、余計にからかわれたりした。あんまり赤くなってしまうから、私もマスクをした方がいいんじゃないかってくらいだった。でもオサム君がマスクをしている間は、顔が見えないので、勿体ないとは思いつつもかえって落ち着いて話しやすくなるところもあった。あとになって、誰が言ったのか、オサム君がマスクをしているのは吹き出物を気にしてのことだと噂が流れた。薬局でオサム君が、吹き出物に効く薬を買っていたのらしい。私はそれがどうしたのだ、と思ったが、あまりオサム君にいいイメージを持っていない男子の数人がにやにやと話すのを見ていると、いじらしくて嫌な気分になった。
 二年生の夏にある林間学校で、クラス毎に余興をすることになった。余興をするにあたって、クラス内で三グループくらいに別れて、劇の班が二つと、合唱の班が一つで、三つの演目をクラスでやることになった。

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