「ねえ、見てよ。この写真の人、ちょっと不気味じゃない?」
「えー、そうかなあ。いい写真じゃないか。なんか、人生そのものって感じでさ」
2両編成の短い電車はタタンタタンと規則正しい音を立てながら、夏の強い日差しの中、単線のレールの上を真っ直ぐに進んで行く。窓越しに見えているのは、緑一色にうねる絨毯がどこまでも広がっているような、見事な田園風景だった。
午後の半端な時間の車両に乗客は少なく、僕は四人掛けのボックス席にひとりで座り、窓の桟に肘をかけながら、過行く景色をぼんやりと眺めていた。遠くには幾重にも重なる山並みが続いており、その俊峰を西に傾き始めた太陽が薄いセピア色に染めている。乗り物に疲れた体にほどよい眠気をもたらすような風景を前に、僕は大きなあくびをした。瞼が落ちる……。
体に強い揺れを感じ、ふと目が覚めた。どうやら、景色を眺めている間に寝てしまったらしい。
窓の外に目をやると、開けた平地を進んでいたはずの電車は、いつの間にか、両側に深い緑の山が切り立つ谷間に入り込んでおり、左右にカーブする軌道の上を大きく揺れながら走っていた。並行している県道には落石を防ぐ柵や短いトンネルのようなロックシェッドが施されていて、この谷間の狭隘さをことさら強調している。
視覚を刺激するような風景が続く。僕は座席に置いたボストンバックに手を伸ばし、カメラを取り出した。
迫りくる山々のところどころに現れる、猫の額ほどの平地にへばりついた古い集落を目にすると、鄙離る里にやってきたのだという実感がわいてくる。僕はカメラを構え、渓谷に架かる赤錆の浮いた鉄橋にレンズを向けた。
強く心に残るような写真を撮りたい。――そんな思いに突き動かされて、僕は高校最後の夏休みを、好きなカメラとともに過ごすことに決めた。
しばらくすると、少し訛りのある車内アナウンスが目的の駅に到着することを告げたので、僕は慌てて荷物をまとめた。
電車は温泉と名のついた駅の短いホームに、場違いなブレーキ音を響かせながら停車した。トップシーズンを過ぎたとはいえ、夏のいい時期なのに、その温泉駅に降り立った人の姿は疎らだった。
駅前の乾燥した土がむき出しになっている広場には、タクシーや出迎えの車の姿はなかった。青臭く埃っぽい空気、生活音をかき消す蝉時雨、ひと気がなく物憂さが漂う空間……。カメラのファインダー越しに、その乾いた風景を追ってみたが、シャッターを切る気にはなれなかった。
山間部の日暮れは早い。山の影が落ち込む渓流沿いの道を、急ぎ上流の温泉街に向かうことにした。暑さを絞り出すように鳴く蝉の声を背中に負いながら、僕は汗を拭き拭き、ひたすら前へと歩いて行った。
川に面した古い温泉街の、数えるほどしかない旅館の一軒に到着したとき、山に挟まれた狭く細長い空には既に暮色が漂っていた。
「高校生がおひとりで、まあまあ、そりゃあ、そりゃあ」と妙な感心のされ方をして部屋に通されると、まだ外の明かりが残っているうちに、窓の下を流れる渓流の苔むした岩や水しぶきに揺れる木々を写真に収めた。