小説

『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)

 神様、どうか。この声が届くなら、わたしの願いを叶えてください。わたしの慕うあの人の、途方もない過ちを、広い心でお許しください。

 あの人は決して、悪い人ではございません。元が商人ですから損得勘定が染みついて、お金が無くては世の中を渡ってはいけない、何も手に入らないと言う不安から、手離せなかっただけなのです。

 ですがあの人はそれを、自分の欲のために集めていたわけではありません。愛する貴方や同胞達が、他の貧しい人達を差し置いて、自分達だけが富むことを嫌って、お金を避けますので、自分が確保しなければ、みんな飢えるか凍えるかして死んでしまうと、心配していただけなのです。

 あの人に悪いところがあるとすれば、それは二つだけです。一つは貴方への愛着があまりにも激し過ぎたこと。もう一つは、自分はそこらの人間よりは、よほど頭が良いと自惚れていたことです。これは人間なら多かれ少なかれ誰もが持っている気質ですが、よりにもよって神の御言葉である貴方より、自分の方が聡いと思っていたのは、これは確かに大変な不敬でした。

 ですが全ての人の罪を背負って天の国に行かれた貴方なら、きっとあの人の愚かさも、何も知らない幼子が自分は他の子より優れていると、なんの根拠も無いのに想うような邪気の無いものであったと、お許しくださることと思います。

 
 ああ、でも神よ。わたしは本当に、とても悔しい。人を不幸にし、破滅へと向かわせる悪性はいくつもありますが、わたしは無智こそ、その最たるものだと言いたい。

 人の視点はその辺の木よりは明らかに低く、器の方は出来るだけ大きく見積もっても、自分の全身より大きいと言うことはありません。

 だと言うのに人は、その低い視点と狭い視野で見たものを、この世の全てと思い込む。この世に隠された神秘や現象の神髄、その膨大なる情報を、小さき人の身で汲み切れると誤解する。

 わたしは人が好きです。時には許しがたいような嫌な人だっていますけど、良い人の方がずっと多い。特にあの人のことは愛しておりました。向こうはわたしの気持ちなんて知らないでしょう。個として認識していたとも思えません。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10