小説

『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)

 ……わたしはもう一度、あの人を止めに行きます。貴方を売ったあの人の味方をしようとすれば、神はお怒りになるでしょうか。もしそれで神の不興を買って、二度と許されず、地獄の業火で永遠に焼かれることになっても、それでもわたしは、わたしだけは、あの大きすぎる過ちによって、貴方と貴方を慕う人達の未来永劫敵になったあの人の、たった一人の味方でありたい。

 
 あの人の貴方に対する、取り返しのつかない罪を知りながら、それでもあの人の味方でありたいと望む私が、神に祈るなど筋違いです。厚かましいにもほどがある。おかしければ笑ってください。怒ってバチを当ててくださるのでもいい。それでも聞くだけ聞いて、万が一にでもわたしの願いを叶えてくださるなら、どうか――――……。

 

 

 あの人の死を見届けた私は、役人にもらった銀貨を協会に投げ込み、ふらふらと当てもなく、灰色の町をさ迷い歩いた。

 そう言えば、私はどうして銀貨を捨ててしまったのだろう? あの金欲しさに、私はあの人を売ったのに。これではまるで、いまさら罪に怯えているようだ。悔いているようだ、私を散々虐め蔑ろにしたあの方を、遂に死なせてしまったことを。

 違う。私は悔いてなどいない。あの方は死ぬべくして死んだのだ。

 思い出せ、あの晴れの日を。それに泥を塗る様な、あの人の無様な醜態を。

 憧れの地、エルサレム。大勢の支持者が、老いも若きも男も女もあの人に付き従って、いよいよ宮へと乗り込まんとする時、あの人は道端に居た老いぼれたロバに、何を思ったか跨った。白毛の軍馬に跨った歴戦の将軍のような面持ちで、老いぼれたロバの痩せた背に跨って、とぼとぼと進む哀れなパレード。

 あの人が常人とは違う特別な自分を演出するために、しばしば突飛な行動を取るのは今までにもあったことだが、当然ながら町の人達に私達まで奇異の目で見られて、気が触れているのかと疑われ、あんなに情けないことは無かった。

 しかも宮に入ってからは、あの人は何を思ったか、境内に居た商人達を、縄を鞭のように振り回しながら、気が違ったかのように怒鳴り散らして追い出した。あの優しい人が何故、なんの罪も無い商人達を追い立てるのか。私にはいよいよ見ていられなかった。

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