小説

『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)

 確かに貴方の行動は、彼女を庇うものでした。ですがそれは、あの娘がこれから人の罪を背負って行こうとする貴方に気づいて、何かしてあげたいと純粋な思いやりからしたことだと知っていたからです。そしてもう一つは、いくら人の目から見て失礼かつ、勿体ない行為でも、柳のようにほっそりとか弱げな少女を相手に、大の男がいつまでも怒鳴り散らしているのは、あまりにも見苦しかったからです。

 貴方は彼が彼の魂を、自らそれ以上貶めることのないように、あの人を止めました。ですが、あの人は自分に対する貴方の深い思いやりには気づかず、貴方が彼女を愛しているのだと、恋慕の情から庇ったのだと邪推して、見下げました。

 それは確かに神の目から見れば、もはや許されないほどの愚かさなのかもしれません。

 ですが、愚かなのは承知で聞いていただきたいのです。貴方とは比べ物にならないほど卑小なこの身で、足りない頭で考えたこれらの理屈が正しい訳はありません。間違っているのはいつだって、わたしやあの人の方です。

 ですが、それでも貴方のあの一言は酷かった。あの人の献身は、貴方にとってどれも的外れだったかもしれない。貴方を無能と見誤り、それゆえ自分があくせく働いて勝手に疲弊して、それなのに一つも感謝されないと恨みを募らせていく姿は、酷く愚かで滑稽に映ったかもしれない。

 ですがそれでもあの人は、本当に貴方が好きだったんです。全知全能の神の子である貴方は、彼がついに口にしなかった、でもずっと頭の中で考え続けていた、ある願いのことだって、きっとご存じだったでしょう。

 それは一見慎ましいようで、その実、自分達以外はどうなっても構わないと言う、とても身勝手な夢想でした。あの人は貴方が自分を神の子だと語るのをやめ、説教もしなくなり、そのため弟子達が離れて行き、自分と貴方と、貴方のお母様だけが残ることを望んでいました。寄る辺の無い貴方と、貴方のお母様の手を優しく引いて、自分の故郷へ連れて行き、貴方について行きたいがために捨てて来た年老いた両親と一緒に暮らしていきたいと願っていました。春には美しい花を咲かせる桃の畠を、貴方と貴方のお母様に見せて差し上げたいと。優しい日差しの下で、自分にとって一握りの大切な人達の幸福を護って、永く健やかに暮らして行くことが、あの人の夢でした。

 神の知恵を持つ貴方からすれば、そんなものは真の幸せとは言えないかもしれません。ですが、神を信じぬあの人や人並みの知性しか持たぬわたしにとっては、とても綺麗で大切な、侵しがたい夢でした。出来ることなら、叶って欲しかった。

 貴方はいつか、あの人に言いました。

 

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