小説

『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)

 寂しいからと言って、これみよがしに不満そうな顔をしてはいけないよ。自分だけが寂しいわけではないのだから。みんなそれぞれ自分の寂しさでいっぱいで、人の気持ちまで汲んではあげられない。それを無理に認めさせて慰めを求めれば、自分は気持ちいいかもしれないけど、相手の負担になってしまう。だから自分の辛さや悲しみを、人に知らせて背負わせるようではいけない。その代わり天の父は、貴方の辛さも悲しみも、それに負けまいとする努力も、ちゃんと見てくださっている。たった一人でも自分の心を知ってくれている人が居れば、寂しくなどないだろう。

 
 ええ、その通り。寂しさを拭うには、苦労が報われるには、たった一人の理解で十分です。でもそれは誰でも良いわけではないんです。あの人の場合は、わたしでも弟子達でも、神様ですらダメだった。貴方に理解してもらえなければ、意味が無かったんです。

 それほどあの人は、貴方だけを一心に愛していたんです。想いが強いあまりに憎しみに変わる様な愛着など、抱かれる方は迷惑だったかもしれないけれど。それでも、自分を慕う人に対して、生きがいにして来た人に対して、

 生まれて来ない方が良かった、なんて。

 その後に起こったことを考えれば、確かに真実としか言えない言葉でも、決して言ってはいけなかったんです。

 すみません。すみません。貴方が黙って聞いてくださるのを良いことに、わたしは恨み言ばかり言っています。わたしが本当に許せないのは、貴方でもなく、あの人でも無く、いつかはこうなると予感しながら、何も出来なかったわたし自身なんです。

 
 あの人が貴方に、他の弟子達の前で裏切り者だと指摘され、憎しみと共に走り出た時、わたしはなんとか思い留まらせようと声の限り叫びました。怒りと恥辱に混乱しきった頭で役人に支離滅裂列に貴方への歪んだ想いを訴えるあの人の横で、わたしはぴぃぴぃ鳴き続けました。ですが、わたしはとうとうあの人の裏切りを止められませんでした。

 十字架にハリツケにされた貴方は刑に処され、それを見届けたあの人は師を売って得たお金を教会に投げ捨て、何処かへ消えてしまいました。

 きっと今ごろは何処かで、死のうとしているのだと思います。あの人は常々言っていましたから。貴方が死んだら、自分も生きてはいないと。もしもの時は一緒に死ぬのだと。

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