「そこに好きなものを入れておくといいよ、自分のすきなものがわかるから、大きなカゴをひとつ用意すればいいんだよ
郷田の部屋には透明のガラスケースの中に詰まっているたくさんのエアメールがあって、それがもう逢えなくなってしまった恋人のものだと知って、栞は、ひりひりした。この名付けられない感情は、それがいつか静まりそうにはなかった。
郷田は古い雑貨店のような<みらーじゅ雑貨店>を営んでいる。
色とりどりの異国のスタンプが、押してある色褪せた夥しいほどのポストカード。そのスタンプは知らない国の誰かの顔写真みたいに見えた。
無造作にガラスの中でひしめきあっているむきだしの手紙を見ていたら、彼がささやかな気持ちを大事にしながら、ていねいに過ごしている日常を壊してたみたくなったのだ。
栞は郷田が云ったように、竹で編んだようなカゴに、子供の頃好きだったレースをしまった。
レースを、試しに入れてみたよって話した時、郷田は「レースって、どこか知らない国の線路みたいに見えるねって」昔、彼女が云ったことを思い出すよってうれしそうに話し始めた。話はそれだけで終わったけど、どこか遠い場所に思いを馳せている視線を放った。
帰ってから、ライティングビューローのふたを開けて、そのカゴの中をじっくり見てみる。
細編み、長編み、フラワーモチーフの線路を想像していたら、気持ちが沈んだ。郷田の彼女だった女は女子臭のする変な女なんだろうと思ったら、何かが加速したかのように、暴力的な気持ちが芽生えた。ほんとうはこんなもの好きじゃなかったって、レースは全部ベランダからなるべく遠くに放り投げて捨てた。
「行きどまりがあるから、安心していられる世界。たとえば、器の中が果てしなかったら、どうしていいかわからなくて、海の中に潜ったみたいな所在投げな気分に駆られてしまうだろう」
郷田はいつかそう云ったのだ。
時折、縦も横も高さも手に触れられるぐらい、ちゃんと限りのあることを、まっすぐに求めてしまいたくなることがある。手の届く範囲になにもかもが、収まっている世界って、いいよな」って。
栞は曖昧に返事のような返事じゃないような声を漏らしたけど、郷田はそういう世界を望んでいると視線で語った。その眼差しは栞をみているようで見ていなかった。
栞は郷田蜃気楼が好きだったから望みを叶えてあげたいと思った。