クローゼットの中から星の砂や貝殻がちいさな筒状につめられた壜がいくつか出てきた。壜の中にあるせいでとって置いたのかもしれないと栞は思った。郷田の呟いた言葉に感情が引きずられているのかもしれない。
たとえば、むきだしの星の砂や貝殻、ビー玉だったらもっとぞんざいに扱っていただろう。硝子の外側にははかりしれない世界が広がっているのに、この内側はどこかで均衡が保たれている。
外の世界は果てしないけれど、こっちはまだ限界が目の中で捉えている安堵感が壜の外と内にはあるような気がする
でも、ついうっかり指をすべらせてしまえば、たぶん外と内を隔てていた硝子の壁はこなごなになって、中に集っていたものたちはバランスを一気に崩してしまう。
身辺整理のつもりで、栞は郷田が云ったことを忠実に守ろうと思った。
「そこに、好きなものを入れておくといいよ。ほんとうに好きなものがわかるから」
栞は、星の砂の入っていた硝子の器にちいさくなった郷田蜃気楼を、そっと入れた。
郷田が営んでいた<みらーじゅ雑貨店>を引き継いだ栞は、店の硝子ケースの中にその器をそっとしまった。
そこにはnotforsaleの札を立てかけておいたから、誰も手に取ろうとはしなかった。栞は客のいない時間に郷田が貝殻の道を歩きながら町の片隅で、暮らしている様子を眺めるのが唯一の娯楽になっていた。
娯楽というよりは生きる術だったかもしれない。
眺める時は裸眼ではいけない。郷田の店にあった古い<遠目がね>で見るのだ。
それは19世紀のプリズム双眼鏡で、なかの真鍮があらわになっている。
郷田がちいさくなったのは、この<遠目がね>の仕業だった。
ある日、郷田の言葉が引き金になって栞は<遠目がね>を逆さにして、郷田を覗いた。それは突然銃口を郷田に差し向けるような行為だったかもしれないけれど、郷田はそれが栞ちゃんの欲しいものなら仕方ないねって云って、抗わなかった。
これが蜃ちゃんの望みでしょって言い返して、<遠目がね>を逆さに覗く。
郷田の姿はみるみるちいさくなって、店の棚に並んでるバリのぶらんこに乗る猫の置物と同じぐらいになった。
掌をうつわみたいな形にして、郷田蜃気楼をそっと硝子の器の中に収めた。
遠くで、セロファンが擦れる時みたいな透明な声がする。
「栞ちゃん、あのエアメールと外国切手のファイルも入れておいてね」
郷田蜃気楼は硝子の器の中で、好きな物に囲まれたかったのだ。