(海藻が釣り糸に引っ掛かった)
そう思って引き上げたら、人魚の死体が釣れた。
海藻に見えていたものは、人魚の髪だった。黒々と波打つ髪が青白い肌を隠すように広がり、隠しきれなかった乳房の下に棒のようなものがめり込んでいる。その背中からは矢のような金属が突き出ていた。銛(モリ)が貫通しているのだ。ホラー映画に弱い僕はめまいがした。実際、数秒間は立ったまま気絶していたかもしれない。視界が真っ暗になって、顔にぴしゃりと水がかかった。
冷たい。
「ねえちょっと」
足元で声がした。
「髪が絡まって痛いんだけど」
堤防の上に寝そべった人魚が、僕を睨んでいる。死んで濁っているかに見えた白っぽい眼が、黒髪の下で光を放っていた。生きているのか。
喉から引きつった音が出た。
人魚はイライラした様子で、釣り糸をほぐそうと上半身を持ち上げた。背中に突き出ている銛先がはっきり見える。僕がハサミで釣り糸を切ると、人魚は振り返って僕に聞いた。
「きみ、これ抜いてくれる?」
人魚の細い指先は胸元を指していた。
「これって……銛ですか」
「他にないでしょ」
抜いてしまっていいのだろうか。中身が出たりするのでは。スプラッタな事態にならぬようにと願いながら、人魚の後ろにまわって銛を握る。陶器のような背中から銛先が生えている、奇妙な景色だった。刃に触れないよう恐る恐る引っ張ると、意外に抵抗なく、銛は滑るように抜けた。その途端、「王子様!」と人魚が僕に抱きついた。危うく銛先を自分に刺しそうになる。
「あら危ない」
人魚は僕から離れた。彼女の胸には銛の柄の幅に穴が開いているが、傷口は皮膚に覆われている。中身が漏れていないので僕はほっとした。
唐突に、人魚が歌い出した。両手を広げて芝居っ気たっぷりに。
「この銛を突いたのはあなたなのね。わたしの心臓を射止めた人を探していたの。運命のひと」
「はい?」