小説

『瓶詰ノ世界』北村灰色(『瓶詰地獄』)

※或る居酒屋の廃墟で発見された、番号一から四までが紅く刻まれた、四本の大瓶。長机に整然と並んだ透明なそれらは、埃や汚れ、ひび割れ一つなく、不気味なまでに綺麗だった。以下の奇怪な文は、其々の瓶に詰められていた手記からである(某廃墟酔狂者からの投書)

 
・第一の瓶

 
……歩道に転がる砕けた瓶、刹那の泡も甘美も消え去りそうな、蓋の空いたサイダー瓶。車道にてひび割れた瓶、ゼリーみたいに震える夕暮れが、ゆらゆらと溶けたようなオレンジ・ジュースの瓶。糖質が甘くはないように、プリン体は名に反して黄色ではないように、ホッピーの白黒モノクロ瓶が仕組んだ罠。
 彼らに対する、ソーダの反乱、蜜柑の反目、ビールの嫉妬。
 私が瓶の外で見た世界は酷く歪んでいて、ワタシが瓶の中で視たセカイは美しくも狂っていた。私が今どちらにいるのかも、泥酔したアタマと心では解らない。けれど、ホッピーのソトとナカを頼む永遠のループをプールサイドでしていれば、酩酊のち昏迷をもたらす。
遊泳禁止のシーサイドにて、オレンジの夕陽と潮騒のサイダーが欲望のままに逢瀬を重ねるように、パイに安牌、それとも淫らに遺灰。薄皮の夢も厚顔無恥な現も重なったミルフィーユになるのさ。
 それが甘いか、はたまた辛いかなんて私には分からない。その眼が視ていることが嘘か真か、夢か現かなんて誰にも解らないように……。

 
・第二の瓶

 
 千の天使が私に針を突き刺す。待針、時計の針、青く濡れた注射針を。
 ランダムに泡立つ透き通った水の中、液体に満たされ、何処までも透明なこの空間。息苦しさも、痛みも、出血もなく、唯いつの間にか此処に居て、いつの間にか針を刺されていた。
 私の周囲で舞うように遊泳する、幼く美しい外見の天使達は粉砂糖を身に包み、身体の恥部を隠していた。羽は世界を包む発泡性の液体と同化するかのように淡く、穢れなく透き通っている。ブロンドヘアーの彼らの目は翡翠色に輝いていて、私たちのような白と黒の濁った不均衡に染まっていなかった。埃にまみれたオセロのボードのような、呼吸困難に陥りそうな囲碁盤上のような世界に(いた)私と違って。

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