「あんた、『すなあく』食ってみねえか?」
隣の男にそう言われ、俺はジョッキを持つ手を止めた。
居酒屋の奥の席、週末の金曜日の夜にそこでちびちびとビールを飲む。
そんなささやかな楽しみのさなか、突如として持ちかけられた言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。
「いえ…あの、俺は…。」
そうして断ろうした言葉が、ふと止まる。
男が持つタッパー。
その隙間からなんともいえない香りがただよってくることに気づいたからだ。
…それは、カリカリに揚げられたこうばしい香りであり、蓋から覗く黄金色の衣から、それが上等の揚げ物であることを予見させた。
そして、ふいにザクザクとした食感に、口に含んだ瞬間にジュワリと広がる肉の味までがリアルに想像され…気がつくと、俺は思いきり生唾を飲み込んでいた。
「…どうだ?食ってみねえか?」
そう言うとぼさぼさの髪の薄汚れた男はにんまりと笑ってみせる。
そのとき俺はいつしか自分の右手が男の持つタッパーのほうへとゆるゆると伸びている事に気がついた。慌ててそれを引っ込めるも、時すでに遅く男は俺の手に気がついてすっとタッパーをしめてしまう。
「…おっと、やっぱダメだ。ここが食い物屋だということを忘れとった。」
そうして立ち上がろうとする男に俺は思わず乞うようにして声をかけていた。
「頼むから、少し…少しだけそれを食べさせてもらえないか?」
それを聞くと、中腰の男はちらりとこちらを見て、再びにんまりと笑った。
その瞼からのぞく薄い瞳は西洋の血でもまじっているのか、どことなく青味がかっており、男はゆっくりと立ち上がると自分の後ろを指さした。
「俺ぁこれからトラックで帰る。よかったら家までくるか?おめぇさんさえよかったら、うちで揚げたてを食わしてやるよ…。」
その言葉に、俺はいつしか小さくうなずいていた…。