小説

『すなあく』化野生姜(『スナーク狩り 8章の苦悶』)

「…『ばんだあすなっち』の生えた『石鹸』は上質な『すなあく』のエサになり『すなあく』は俺たちに肉を与え、『石鹸』に生えた『ばんだあすなっち』は酒となって俺たちに与えられる…まったく上手くできているよなぁ?」

そう言うと、男はだらりとした右腕をぶらさげて、ぎらぎらと光る目をこちらに向けた。

…俺はしばらく身動きができなかった。

わけのわからないことをわめく男。地面に転がされた無数の白っぽくなった人間の残骸…そして、目の前にいる巨大な化け物。

どれもが荒唐無稽でありながら…そこにある事実から目が離せない。
だが、おれは必死に恐怖を押し殺して、周囲を観察することにした。

…そして、この薄暗い中に目がなれてきたのか、俺のほうに光明が見えてきた。
そう、男をすり抜けたその先、そこに穴のようなものが見えたのだ…。

とたんに、俺は弾けるように駆け出した。
とにかく逃げたい、そんな気持ちが俺をつき動かしていた。
そのとき、俺は男のいう『石鹸』の方に男を突き飛ばすような格好になった。
その弾みか男の持つ刃物から血が飛び、それが『石鹸』にぴしゃりとかかる。
すると、通り過ぎようとした俺の背中をつかみ、男が怒り狂った声をあげた。

「ああ!おめぇ『すなあく』に生き血をやったな!生き血をやったな!なにしたかわかってんのか!おめぇ、『ぶうじゃむ』を増やしやがったな…!」

しかし、男の声はそれ以上続かなかった。
とたん、どっと背中に生暖かいものがかかり、俺をつかむ力が緩んだからだ。

俺は、再び走り出した。
そして、何が起こったのか確認しようと一瞬だけふりかえり…後悔した。

俺の背をつかんだ男の頭部…その頭部がまるごと消えていた。
その位置には先ほどまで死体を喰っていた何かがいた。
だが、その姿は先ほどまでとは大きく違い、半透明ながらもまるでヤマアラシのように無数のトゲを持つ別種へと変貌しつつあった…そして、それは瞬く間に男の姿を飲み込むと、こちらのほうへと目のようなものを向けた…。

…俺は前を向くと、むやみに走った。

穴付近に張られたビニールを破り、通路内にある机とそこに並べられたビーカーやフラスコといった器具を払いのけ、「大日本帝国軍科学班・極秘資料」と、筆で書かれた本や、「食糧難の解消」「形質の変化」などと書かれた古書を地面にまきちらし、こけつまろびつ、ただひたすら…俺は出口を目指した。

…そうして、どこまで走っただろうか…。
いつしか俺は自然の光の差す洞窟の入り口側まで来ていた。
気付けば、後ろからの追っ手の気配はなくなっていた。

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