小説

『すなあく』化野生姜(『スナーク狩り 8章の苦悶』)

俺は慌てて男の影を探したが、気配はすでに無く、薄暗い空間内にはなにか塊のようなものがごろごろ転がっていることのみが確認できた。
そして一番手近にあった「それ」を認めた瞬間、俺は息をのんだ。

…それは、顔が紫色に変色した人間であった。
白濁した舌をだらりとたらし、まるで死んだように動かない。
そしてスーツの胸元には弁護士特有の金色の天秤がついたバッジが光っており…天井を仰ぎ見る目はすでに生気を失っているように見えた。

そうして、周囲によく目をこらしてみれば、地面に落ちている塊だと思っていたものはみな白っぽく変色した人間あり、それらのほとんどは衣服の一部や身体の一部がなくなっていた…そして、それらを見つめていた俺はなぜか妙な違和感に襲われ、好奇心も手伝ってか俺はおそるおそる手近な人物…弁護士と思われる男に近づくと、その違和感の原因である口元を覗いてみることにした。

とたんに、俺はあやうく吐きそうになった。
…口の中、そこから何かが生えていた。

それはホウレンソウに近いかたちの青物であり、ぞろりと放射状になって口の中から外へと飛び出していた…そして、そこからくる芳香。

…それは、俺があの部屋で飲んだ酒の匂いそのものであった…。

「…おんや、おめぇさん、まだ『石鹸』の仲間になってねえな。まさかホントに『指ぬき』になっちまったか…じゃあいろいろと教えてやらにゃならんな…。」

見れば、いつのまに戻って来ていたのだろうか。
男が、片腕を押さえながらにやにやと笑っている。
その腕には巨大な肉切り包丁が握られており、つい今しがた何かを切ったのだろうか…その切っ先には一筋の血が滴っていた。

「…ここはな『すなあく』の餌場なんだよ。ここにな『すなあく』をすまわせて『石鹸』を食わせるんだ。こいつらはそれに目がないからよぉ…。」

男はそう言うと、近場の白っぽくなった人間を指さす。

「ほぅら、こいつなんか食べごろだ。添え物に使う『ばんだあすなっち』もよく育っているしなあ…ほぅら、来たぞ来たぞ…!」

そうして、次に起こったことに俺は目を疑った。
巨大な『何か』がそこにいた。それは洞窟の半分を占めるほどに大きく、向こうの景色がみえるほどに透明であった…そしてそれは口のようなものを白っぽくなった人間に近づけると、ふいに、ぞぶりぞぶりと食べ始めた…。

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