…男のトラックは驚くほど山奥まで進んだ。
坂道を幾度も上下し、外灯のない闇の中をただひたすら走っていく。
「…俺ぁ、ひい爺さんからの代からここに住んどるんだがね、家の爺さんや親父はとうの昔に死んじまって、村で元気なのは俺くらいなものさ…。」
そう言うと、男はハンドルを握りながら皮肉まじりに笑ってみせた。
車内には売り物として載せてあったのか揚げ物の香りが常にしており、俺は自分の空腹感がいやにも増していくのを感じた…。
…そうしてしばらく走った後、右も左もわからないような道の真ん中で男は車を停めると俺に降りるようにと促した。
「…ここぁ電気もねえわびしい集落でな、こうしてエンジンも自分で吹かさにゃならんから、めんどうなことこの上ねぇんだわ。」
そう言うと、男は車から懐中電灯を持ちだして、なれた様子で近くの納屋にある大型発電機のエンジンを動かした。
すると、一つの家に明かりが灯った。
同時に周囲の家々の輪郭がぼんやりと浮かびあがり、ようやく自分は、明かりも無いような集落の中にたたずんでいるという事に気がついた。
「ほぅれ、上がれ上がれ。俺ぁ下戸だから酒は飲めんが爺さが残した地酒もいくぶんか家にあるからな…客人にはちょうどいいもてなしになるはずだ。」
そう言うと男は立て付けの悪い玄関を開け裸電球のついた玄関をどかどかと上がって行く。
俺もあとに続くよう、上がりかまちで靴を脱いだが…そのとき、玄関の隅に置かれているやたら上等な靴が目に入った。
それは、とうていあの男の趣味とも思えないようなブランド品であり、俺は一瞬この靴が男の言っていた父か祖父の遺品かもしれないとも思ったが、靴の上にはずいぶんホコリが積もっており、とてもそれが大切にされているようには見えなかった…。そして、俺はこれ以上考えても仕方ないと思い直し、靴から目を離すと男の後についていくことにした…。
「…さ、こいつが地酒の『板太(ばんだ)の砂地(すなち)』だ。こいつは…俺の爺さまがつけた名前でな、ちょいと青くさいところがあるが、『すなあく』には良く合う酒なのさ。」