『姫』
木江恭
(『人魚姫』)
彼女はぼくを一途に愛してくれている。ぼくも彼女を愛らしく思うけれど、ぼくにはもうミカという愛するひとがいる。彼女は微笑む。それじゃ仕方ないわ、それが私の定めなのでしょう。ぐったりと伏す彼女を抱きしめて僕は煩悶する。どうすればいい、どうすればよかったんだ。
『T-box』
吉田大介
(『浦島太郎』)
晩秋の浜辺、満天の星空、誰もいなくなった村。玉手箱を開けてしまう和銅八年生まれの浦嶋太郎に降りかかる試練の数々。今、動きださねば、あっという間に年老いてしまう。今日から人生を始めたい人への曲解説話。
『兎田俊介の謀』
広都悠里
(『ウサギとカメ』『カチカチ山』)
徒競走の件で世間から卑怯者のレッテルを貼られた亀山啓吾は亀山家の汚名を晴らすべく、兎田俊介に果たし状を送り続けるがことごとく無視される。そんな亀山啓吾に狸町佐南は「汚名返上案」があると持ちかける。兎田俊介に取り入っているかに見えた狸町佐南も実はカチカチ山の件で思う所があったのだ。
『ぽんぽこ、ぽんぽこ』
多田正太郎
(『童謡・証城寺の狸囃子』『松山騒動八百八狸物語』など)
てえぱだの事態だ!まなぐちゃぐちゃだ!たいけったい事態や!てげな事態だ!おおごとな事態だ! 分からん!!たかが。たいへんな事態だ!たつた、このことを。このことを、だぞ。言いたい。それなのに。この有様だ。
『いちょうの実』
菊野琴子
(『いちょうの実』宮沢賢治)
風に吹かれ、一斉に母なる銀杏の木から旅立った子どもたち。その中で一粒だけ、北風のマントにしがみついた子がいた。面白半分でついてきた鴉と惰性で話しながら、見つけたのは人の庭。空に落ちることを夢見て、大地に落ちることを畏れても、その内にあふれる命の見据える先は――――。
『羅刹の子宮』
柘榴木昴
(『羅生門』)
認知症の母の介護に毎日追われる義郎。自身は結婚もできず弟は音信不通、母の暴言暴力も日に日に増していくばかり。それでも母を大切にしていた義郎だったが、あるとき母から嘘か本当か、かつて母の犯した罪を告白される。
『宵待男』
室市雅則
(『宵待草』竹久夢二)
道端の花を眺めていると、女性に声をかけられました。僕はその女性に一目惚れし、彼女は「また明日」と言って去りました。その通りに僕は翌日、同じ場所で彼女を待ちました。しかし、彼女は現れません。僕は彼女が「明日」ではなく「明後日」と言ったのだと考え、再び彼女を待つことにしました。
『空の王様』
阿久沢牟礼
(『裸の王様』)
山あいの民主国家リークハウゼン。その年の選挙で最多得票数を得たのは、白票だった。これが何故だか一候補者と見なされ、挙句「空の王」として選出される。その後「空の王」は大衆の意志によって、次第に制御の利かない繰り人形と化してしまう。やがて様々な試練が訪れ、右大臣左大臣は奔走するが……