小説

『羨望の色素性母斑』岩花一丼(『こぶとりじいさん』)

 目が覚めると夕日がカーテンの隙間から漏れていた。もはやこの時間まで寝ていたことについては何ら罪悪感など抱いていない。共働きで夕飯の時間が遅いので、とりあえず空腹を満たすため、床に転がっているポテトチップスを頬張りながら動画配信サイトで落語の動画を探し始める。以前よりも自分の好きなことばかりできて充実している筈であるが、やけに虚しさを感じる。下校中の学生の声が聞こえ、恐らく世間一般からすれば当たり前にできることが欠落したからだと悟った。誰からも必要とされていないのだろう。

 インターホンが鳴る。無視して落語動画を探し続ける。最近はお笑い番組よりも落語に夢中になっている。
 再びインターホンが鳴るが、二度鳴らされるのはよくあること。気になる落語家の動画を見つけたので再生する。
 またインターホンが鳴る。どうしようもない奴だ。イラつき始め、落語の内容が頭に入ってこない。
 インターホンが無慈悲に響く。なんて奴だ。こんなに鳴らす奴は非常識だ。腹が立ち、本人に怒りをぶつけてやろうかと思ったが、怖くなったので窓から玄関をこっそり覗いた。

 石島だ。

 先生に言われて仕方なく来ただけかもしれないと思ったが、素直に嬉しかった。
 インターホンが鳴り止まぬよう祈りながら部屋を出た。途中、ポテトチップスを蹴ってしまい、中身が飛び出たがそれどころではなかった。

1 2 3 4 5 6 7 8