あっけに取られたスーツの男は、受け取ったペンを地面に落とした。屈んでそれを拾うあいだに、大男はフリップに回答を書き始めていた。ずるいじゃん、それ。おまえには三分関係ないじゃん。もう渾身の一答があるじゃん。男はため息をつきながら、改めて辺りを見回し、自分が置かれている状況の奇妙さに自嘲した。そして大男のストップウォッチが、三分を知らせたとき、慌ててフリップに回答を殴り書きした。『愚痴』ならいくらでもあるよ、こっちは毎日毎日働いて、愚痴を生産してるようなもんなんだから。
「書き終わったか?」
ふたりの目があって、大男は何も読み取れない表情で聞いた。
「ええ」
「ほお。では答えを出してもらおう。愚痴川柳、どうぞ!」
「即戦力 誰も教える能力 ないだけだ」
フリップを見せても大男の顔は何も変わらなかった。スーツの男は早口で付け加える。
「これはですね、どこの企業も即戦力を欲しがるけど、結局上の人間の指導能力が足りてないからその企業では即戦力が育たないという皮肉が込められていて、マネージメントが業務といいつつスラックの質問に全然答えないとか、業務報告書だけ書かせるとかってことを言いたくてですね」
「うまくはないけど、伝わるよ、うまくはないけどな」
そりゃおまえは用意してるからな。スーツの男はペンを放り投げてフリップを叩き割りたくなったが、なんとか堪えた。「じゃあ、あなたの回答をどうぞ」
「オンライン 不利になるたび オフライン」
「あの、ちょっと、回答被ってませんか?」
「言いたいことは似てる。でも、圧倒的に俺のがうまいだろ」
いやまあね。でも完勝って感じはしないですけど。「まあ、はい」
「じゃあ、俺の勝ちだな」
「いやそもそも答え用意してるのずるくないですか? 時間関係ないじゃないですか」
「答えは用意してない。三分で考えた」
「絶対嘘でしょ。すぐ書き始めてたの見ましたよ!」
「あ??」大男はスーツの男に一歩一歩忍び寄り、殺気立つ顔で威嚇した。んだよ、ごめんて。脅すのかよ、ずりいよ、どうせ勝てねえじゃん。ごめんて。
「文句あんのか?」