日向はじっと聞き入っている様子であった。
「その後でようやく分かったんだよ。栄光が連れてくる見栄やステータスといった鉢を被って、本質が見えなくなっていたのは自分だったって。君は、鉢かづき姫という物語を知っているか?鉢を被せられたお姫様が、自身の人柄だけで長者の息子に見初められ、結果的に鉢も取れてめでたしめでたしという話だ。あれは、本質的なものは外見や外聞に左右されない、という教訓だと思うが、その本質を見極められた長者の息子のおかげで二人は結ばれるんだ。ただ僕は、まったく逆だったんだよ。人間として大切なものをすぐそばに得ていながら、目先のものに踊らされてしまった。自分がまだ原石のかけらですらない頃から、それを必死に磨き、支えてくれた人間を見失ってしまっていた。」
日向は、もう何も伝えてこようとはしなかった。代わりに、ロックグラスの氷が溶けてゆくのと同じスピードで、ただゆっくりと賢治の背中をさすっていた。
それからおよそ1年後。驚くべきことに、賢治の視力は全回復していた。一か八かの手術に賭け、それに成功したのだ。手術後からは一度も、日向には会えていない。ぜひお礼を、と紹介してくれた看護師経由でも伝えたのだが、既にサポートの登録員名簿からもいなくなっていたとメールで伝えらえた。また連絡先が分かったら一報をください、と賢治は返信ボタンを押す。
今日はこの後、ある人物との再会を予定していた。賢治は、その相手が自分に会ってくれる可能性は限りなく低いと見積もっていた。だが、どうしても会いたかった。相手がもう自分に関心がなくともいい。憎まれていても構わない。ただ、会って伝えたかったのだ。バスに揺られ、待ち合わせのカフェに着く。注文するのもせわしなく、賢治は周りを見渡す。やはりというか、相手は来ていないようだった。がっくりと肩を落としたその時、
「賢ちゃん」
と、懐かしい声が降ってきた。
「…来てくれたのか」
夏子が、ニヤッと笑って、賢治の肩を2回ポンポンとたたいた。