「日向さんも知っているかもしれないが、あの頃の僕はまさに、飛ぶ鳥を落とす勢いで出世してね。その他大勢の芸人から、選ばれた人間だけが登れるテレビのひな壇への道を一気に駆け上がったんだ。もちろん、あの時の生活が過酷でなかったといえば噓になる。寸分刻みのスケジュールをこなし、新たなネタを捻り出し、大物芸人との同伴も、呼ばれたらどこにでも何時でも飛んで行ったよ。毎日必死で、ただ与えられたチャンスをものにすることだけを考えて毎日を過ごしていた。もはや一日という概念もなく、ただその時その時の瞬間を全速力で生き抜いていた。」
賢治はロックのグラスを一口含んだ。
「とても充実した日々だったと思う。昨日の自分を振り返る暇もないほどにね。ただ、今振り返ってみると、自分が何のためにそれを目指していたかを考えることもなかった。ある日、いつもの接待の延長で合コンをしたモデルの子とそういう関係になってね。当時僕には、長く付き合っていた彼女がいた。でも僕は、彼女をあっさりと切り捨てて、そのモデルの子を選んでしまったんだ。」
その後は2,3回ほど会って終わりだったけどね、と賢治は自嘲気味につぶやく。
「ついに僕も、モデルのような一般人が渇望しても届かない属性の女性と付き合えるようになったのか、と達成感の方を強く感じてしまったんだよ。男性特有の射幸心とでもいうのかな。尽くしてくれた彼女の存在を忘れて、不遇の時代の記憶を拭い去るかのように、目先のステータスで自分を飾り立てようとする。僕も例外ではなかった。とっかえひっかえとまではいかないが、そこまで上り詰めた自分にふさわしいスペック、容姿の女性を隣に置くことで、自身の価値証明にしようとしていた。ただね、その頃に付き合っていた彼女で、今も連絡をくれている人は誰一人いない。今じゃ、もはや彼女であったのかすら分からないよ。僕が彼女らをトロフィーとして扱ったのと同じように、彼女らも“時の人”と付き合うことで自尊心を満たしたかったのもしれない。あるいは、僕のギャラの可能性もある。とにかく、そんな上っ面の関係性で結ばれた女性とは、僕の芸人としての存在価値がなくなった瞬間にポイされた、という感じだね。」