祖父母も、父も、母も、友も、そして俺も、その「なんとなく」のために死んでいく。
俺は知らない、母の顔を。
俺は知らない、鬼と呼ばれる敵兵の顔を。
遠い昔の、この戦争を始めた偉い人も、俺の顔を知らないだろう。
俺は知らない。顔も知らない誰かに捧げる命を。
俺は知らない。顔も知らない偉い人たちがぶら下げた「なんとなく」のために失っていい命を。
俺は知らない。まだ、何も知らない。
***
上官の足元には細くて美しい川が流れている。
戦争で汚されてしまったこの国に残された唯一の美しいものだ。
「下等兵、ドン。訓練には戻る。戦地にも明日、万全の体制で赴こう。しかし一つ条件がある。お前の腰につけたその帰日団子…ひとつ私にくれないか」