「息子さんは、おられますか」
どのくらい時が経ったのかはわからない。兵隊さんのあまりの発言に数分時が止まってしまったぶら子に、何事もなかったように兵隊さんが話しかけた。
「1人、おります」
「兵隊には」
「でて、おります」
兵隊さんは動揺しカタコトになるぶら子を気にもとめず、遠くを見ながら、何かを思い出すように一つ二つと言葉を紡ぎ始めた。
「私には母がおりません。戦争孤児なのです。祖父母も戦争で死に、両親も戦争で死に、孫の私が兵隊になっても戦争は終わリませんでした」
ぶら子に話しているのか、それとも兵隊さんの中にある誰か別の人に話しかけているのか、どちらともわからぬようなトーンで言葉を並べる。
「私は明日、戦地に派遣されるのです」
「母はこういう時、息子になんと声をかけてくれるものなのですか」
どこか遠くを見つめていた兵隊さんの目が、初めてぶら子の方を向いた。先ほど受けた印象よりもさらに幼く、心もとないものに見えた。今まで少しも変わらなかった兵隊さんの顔がほんの少しだけ歪む。
「母はこういう時、恐れるなと、尻を叩いてくれるものですか。母はこういう時、立派に死んでこいと、抱きしめてくれるものですか」
兵隊さんの目は、どんどん歪み、今にも泣き出しそうな、母親に甘えるような、恐怖に滲んだ色をしていた。
「わたくしは、団子をこさえて渡しました」